アルプス

2010年5月27日 (木)

104 カストル、ポルックス

リスカムの右にツベリング氷河がありますが、その右に小さな双子の山が見えます。左がカストル(Castor 4223m)右がポルックス(Pollux 4092m)です。Monterosaliskacastorpoll

天空の星座に「ふたご座」がありカストルとポルックスが主星として明るく輝いています。それになぞらえこの山もふたご座の名前を付けたのでしょう。
写真ではリスカムの手前に黒いパンケーキ状のシュヴァルツェホルン(黒い山 3306m)が目障りですが我慢しましょう。
リスカムからカストル、ポルックスを通り右手のブライトホルンの稜線はイタリアとの国境です。Castorpollux

星座の伝説ではカストルとポルックスは白鳥に姿を変えた大神ゼウスの双子の息子でした。
二人とも仲がよく兄カストルは乗馬の名手、弟ポルックスは名ボクサーでした。
ところが兄は戦争で亡くなり悲しんだ弟は兄の後を追い死のうとしましたが、不死身の生まれゆえ死ねません。ゼウスに頼み不死身を解いてもらい兄と一緒にふたご座になったとか・・・。
天空の兄弟のロマンに重ね小さな双子の山を眺めて下さい。

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2010年5月18日 (火)

103 リスカム

モンテローザの右に見えるのが「リスカム」です。Photo
端正な白銀の山で標高4527m。ヴァリス山系の「銀の鞍」と呼ばれています。
この山は東側から見ると「銀の鞍」が良く判ると言われます。
(写真では奥の尖ったピークがテッペンです。)

われわれ素人にはサイトの情報を頼るしかありません。
Google Earth でかすかに想像できます。

下記サイトでモンテローザから望んだリスカムを参照ください。

http://www.summitpost.org/view_object.php?object_id=26819&context_id=150274


http://www.geocities.jp/doujin_siki/photogallery/html/gallery10.html

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2009年11月10日 (火)

101 ゴルナーグラート(追記)

2009年8月に当ブログの書き込みを終了したと宣言しましたが、何か物足りない気がしています。静かに考えて見ますと「ゴルナーグラート」の「物語」はあるけれど、ゴルナーグラートに立ったとき目の前に広がる白銀の山々の説明がないことでした。

そこで、格好悪いけれど追加することとしました。まずは

全景ご覧下さい。展望台南側の展望です。白銀の山々の稜線を結ぶとイタリヤとの国境線になります。

Gornergrat

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2009年6月20日 (土)

84. エギーユ・デュ・ミディ展望台

Midi_l 舌を噛みそうな名前、エギーユ・デュ・ミディ展望台(標高38422m富士山より高い)シャモニーの町から肉眼で見上げられます。

Midixx

尖った山のテッペンに塔が立っているようです。
塔の根っこがテラスになっており中央テラスと呼ばれています。

Midi07_l

ここへ上るのには、ロープウエイを乗り継ぎ20分余りで着いた後、エレベーターに乗り換えます。
エレベター代はロープウエイ代に入ってなく別途支払いが必要です。

富士山より高いので高山病が心配されますが、ロープウエイの乗り継ぎ点が2309m、ここでは毎時680人のペースで運び、ここから上は毎時600人のペースですから、待つ人が溜まってきます。
昼ごろには30分も待ちます。そのため、乗り継ぎ点では売店、喫茶店があり繁盛しています。

このようにして高所対策をしてあるから、高山病はまず心配ありません。

Noriba_l ところがロープウエイに乗るのは大変です。定員の50%は予約客です。ツアーグループはガイドが
予約を取っているから心配ありませんが、当日客は出発時間を指定して切符を買います。キップ売り場の
窓口に次は何時のキップと表示しています。予約は10時間前から受付ます。

Midi_guide2_l

希望する時間分が売れてしまっていたら時間がずれて後になります。(切符は出発30分前まで買えます。)
切符を持っている人は出発10分前に呼び出しがあます。登山をする人は朝6時頃から並んでいます。9時頃出かけると午後にならないと乗れません。

従って待合所はごった返しています。切符を買うのに並ぶ人、出発を待つ人、グループの待ち合わせ、おろおろします。個人旅行の人は要注意です。

Zu1 乗り継ぎ点、までは1954年にでき、それから上の区間(第2区間)が難工事であったとか。
その様子を地元のガイドブックは次のように伝えています。

直径14mm、長さ1700mのケーブルを分割せずに山頂まで引き上げることは大変なことでした。この難事業にはアオスタとシャモニーのガイド達が当たりました。互いの体をロープで縛りつけて繋いだ30人の山男の一隊は、それぞれが木枠を背負い、一人当たり30kgのケーブルを巻きつけました。荷上げには2日間かかりました。
下りも生易しいことでなく、落石、落氷が絶え間なく続く中絶壁に沿って降りなければなりませんでした。
巻上げ機械で太いケーブルをあげる時には6名のガイドが頑張りました。ケーブルは何度も岸壁の間にはまって動かなくなり、大変な離れ技でそれを引っ張り出さねばならず、8時間半もきつい作業がつづきました。
それからは、山と人との仮借の無い格闘が始まりました。風速30mの身を切る風、猛吹雪の極限の気象条件の下建設が敢行されました。2名の尊い犠牲も出ました。

さて、ロープウエイは頂上到着前は真上に引っ張られるようになります。目前の氷河が壁のように感じられ徐々に上がっていきます。
到着は手前の峰で、橋を渡って奥の峰に行くとテラスに上るエレベーターがあります。シニアーは割引があります。
中央テラスは360度眺望が出来ますが、晴天でも寒いので防寒の備えは欠かせません。
また雪の反射光線がきついのでサングラスも欠かせません。

テラスからの展望はこの次に・・・

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2009年6月17日 (水)

83. ブレヴァン展望台

ブレヴァン展望台(標高2525m)に上るには市街地から山手に向かい、教会の側をMap166 通り急坂を登ったところにロープウエイの乗り場があります。
中間駅プランプラ(標高2020m)でいったん降り、ブレヴァン行きへ乗り換えます。

0 Photo

展望台へはロープウエイの支柱はありません。空中を散歩する気分です。
展望台にはテラスや売店もあり、登山家で賑わっています。

遥か眼下になったシャモニーの谷を挟んでモンブランが真正面に見え、ボソン氷河とタコマ氷河が縦に細長く垂れ下がっています。
麓からモンブランを見上げると周りの山が高く見え迫力がありません。ここからは一番高く(↓)
ヨーロッパ最高峰(標高4807m)に相応しく堂々としています。

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モンブランの左手白銀から茶色の岩肌になり、エギーユ・デュ・ミディ(↓)からシャモンーの針峰が左手に続きます。

Photo_2 (モンブラン)双眼鏡で見ると周囲は氷に覆われ白銀の世界です。

Photo_4 (エギーユ・デュ・ミディ)針のように尖った岩山の中にポツンと高く見えます。

エギーユ・デュ・ミディ(ミディ針峰)からシャノニー針峰群、ヴェルト針峰群など続きます。

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一方、南側(モンブランと反対側)に眼を向けると、「赤い針峰群」が眺められますが迫力は北側に比べるといまいちです」。

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モンブランから針峰群が横一線に並ぶのが見渡せるさまは壮観で忘れられない景観です。

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2009年4月25日 (土)

43. ティトリス山

Swiss_map_engelberg_2 ティトリス(3239m)はエンゲルベルグからロープウエイを3つ乗り継いで登ります。

Engelberg_bahn_2 最初は4人乗りのテレキャビンでトゥリュープ湖mまで、シュタントまでは大型ロープウエイ、そこからは有名な回転式ロープウエイで氷河を越えてクラインティトリス迄行きます。

Titlis_map

Engelberg_3 トゥリュープ湖までは後ろを見るとエンゲルベルグと呼ばれる4つのこぶの峰が良く見えます。

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シュタントまでは眼下に雪原が広がり、時折雪ウサギが走るのが見えます。

Yuki_rabit_2

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Titlis_rotary_2

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ティトリス氷河は流れる河の感じでなく山全体が氷の塊です。

Titlis_top_2
クラインティトリスにはテラスがあり直ぐ傍が雪原で、万年雪がどっさりと有り大勢の人がいます。
東南アジアの人が多く、雪を見る人が始めての人のようで戯れながら歓声を上げています。

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Annai_ban_2 案内板には日、韓、中、英が併記されていますがパンフレットにはアラビヤ語の併記がありました。

ユングフラウヨッホではアジア人は日本人が圧倒的に多いので、彼等はティトリスに重点を置いているのかも入れません。

Titlis_ice_00 ユングフラウヨッホのアイスパレスに似た小さな氷の洞窟を設けているのも頷けます。

Susten_horn_3

雪原に出てみると南側にはスーステンホルン(3504m)、ダマストック(3630m)(ローヌー氷河の源流)の山々が聳え、

000005

西の方にはベルナーオーバーラントの雪山が白く輝いているのが遠望できます。
絶壁の眼下はスーステン峠への道が細く遠くに見えます。このパノラまの光景は印象に残りました。

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2009年4月 1日 (水)

29. 山の名前

P・ベルニナのところで「P・」を付けた理由を説明しておきます。略式表記で正式には「ピッツ・ベルニナ」です。地図には「P.Bernina」と表しています。
「Piz Bernina」のことです。


サンモリッツはイタリア語圏です。ですから山の名前に使う単語はイタリア語と思われますが、ここはスイス最大の州、グラウビュンデンで、公用語 ロマンシュ語が使われる地域もあり、山の名は ロマンシュ語の piz を使っています。
イタリア語では pizzo です。
ベルニナ山系のテッペンはイタリアとの境界が多く両者の中を取り「P」を取っているのでしょう。

アルプスでは原語圏で山の名前に使われる単語が異なります。
ドイツ語圏では
horn=ピラミッド型の山頂 (Matterhorn マッターホルン)
joch=山の稜線のくぼみ (Jungfraujoch ユングフラウヨッホ)
grat=尾根 (Gornagrat ゴルナーグラート)

フランス語圏では
Aiguille=頂上(単語の意味は 針)(Aiguille du Midi  ミディ針峰)

Photo_3

「ピッツ・ロゼック」

Midi_l_3

「エィギュー・デ・ミディ」

Gold

「マッターホルン」

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2009年3月31日 (火)

28. P・ベルニナ(下)

コルバッチ展望台へのロープウエイ乗り場へはサンモリッツ駅からバスで行きます。
サンモリッツ湖に続くチャンプフェイル湖、シルヴァプラーナを通りロープウエイの駅に着きます。

Photo
そのとき、団体を乗せた貸切バスが着きました。後で聞くとチューリッヒからの熟年団体でトレッキングのようです。
捉まると、何処からきた、何日滞在するか、と煩いので小走りに切符売り場へ急ぎ先に登りました。

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ロープウエイを乗り継ぎ終点に着くと目の前に一大パノラまが広がりました。
標高3303mの展望台、快晴です。青空の下、正面にベルニナ連峰が見えます。P・ベルニナ(4049m)、P・シェルシェン(3971m)、P・ロゼック(3937m)の3山です。

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3山の右手にP・ムルテル(3433m)、左にP・モルテラッチ(3751m)P・チエルヴァ(3546m)という大パノラマです。

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これらの山から流れ出すチェルヴァ氷河、ロゼック氷河はロゼック谷へ流れ出す豪快な氷河です。
陽が高くなるにつれP・ベルニナの北壁の影が短くなって行くのが手に取るように判ります。
レストランでワインを啜りながら至福のひと時を味わいます。

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貸切バスで到着した団体の一行がP・ムルテルを目指して早足で登り始めました。雪庇のある稜線の
内側を幅を持たせて登って行きます。ここから見えませんがP・ムルテルの向こうにP・コルバッチ(3451m)があり、そこを目指すようです。蟻の行列のように点々と長い列が続いています。

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P・ベルニナの雪の北稜線、ビアンコグラートが白く輝き始めました。天国へのはしごとして登山家に
親しまれるものでガイドブックにも特別の紹介があります。

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2009年3月30日 (月)

27. P・ベルニナ(上)

マッターホルン、ユングフラウ、モンブランの名峰に P・ベルニナ(4049m)を加えてアルプス4大名峰と呼びます。

マッターホルンを中心とするヴァリス山群、ユングフラウを中心とするベルナーオーバーランド山群、モンブランを中心とするモンブラン山群はリゾート地のほかに登山基地の性格を持ち合わせています。急峻な岩山は素人を近づけ難い様相を持っています。

アイガー、マッターホルン、グランドジョラスといった登山家の命を奪う北壁の急崖は有名です。

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しかし、ベルニナ山群は穏やかな山容で驚かされます。スイス東南部サンモリッツを中心とするエンガディン谷の南側に広がり、4000mを越えるのは主峰 P・ベルニナ だけですが数多くの氷河を擁し麓には湖が点在しており人々が多く暮らしています。

P・ベルニナは2ヵ所から違った形で眺められます。一つはディアヴォレツァ展望台、も一つはコルバッチ展望台からです。前者は東北の方角から、後者は西北の方角からでどちらが良いかは見る人の主観によります。レコードのA面かB面かと例える人もいますが・・・

Station_3 サンモリッツからベルニナの谷を走る鉄道に乗り40分、ベルニナ・ディアヴォレツァで降りて
ロープウエイに乗ります。駅の周りにはロープウエイの駅だけで人家はありません。
展望台はあるのかなと心配ですが、スノーボードを持った現地スキーヤーが同乗しているので間違いなさそうです。

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2973mの終点に着いた途端ビックリします。目の前に3連山、奥にも3連山、その右手にP・ベルニナが聳えます。
手前の3連山は P・パリュ(3905m)置くの連山は P・ベラヴィスタ(3922m)そして主峰と白い峰が続きます。
P・ベルニナの穏やかな白い稜線は登山家に天国への階段ともビアンコ・グラート(白い鞍部)とも呼ばれ親しまれています。

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P・パリュから下るペルス氷河はP・ベルニナからのモルテラッチ氷河と合流し右手後方の谷へ下っています。

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展望台には外壁がガラス貼りのレストランがあり、外壁が鏡の役をしておりこれに映る山を楽しむのも趣があります。

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また、テラスに出て飲み物を摂りながらひと時を過す人々が後を絶ちません。

【注】
現在はデジタルカメラが中心ですが95年当時はフィルムカメラで撮影に苦労しました。
快晴時、標高3000m近くでは紫外線が強く茶色に感光する場合があり、フイルムをスキャナーしたあとソフトでレタッチしなければなりませんでした。

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2009年3月28日 (土)

26. モンブラン(下)

モンブランはアルプスの女王と言われますが、悪魔の山とも言われます。
1950年、11月3日午前10時43分、ボンベイ発ロンドン行きのインド航空の旅客機(48人乗り4発プロペラ機)がモンブランの頂上付近から「高度4700mを飛行中」とジュネーブの管制塔と交信のあと消息を絶ち墜落しました。
当時山頂付近は濃霧で視界悪く、あと30m西に寄っていたら激突を免れていたと言われます。パイロットのミスと判断されました。
悲劇は更に続きます。16年後の1966年1月24日午前8時、同じインド航空のB707機(乗員46、乗客117名)ボンベイ発ジュネーブ、ロンドン経由ニューヨーク行きが「現在6200m、高度を下げる」と交信した後ほぼ同じ場所に墜落しました。
ミステリーめいた同じ事故、何かの祟りかと大騒ぎになりました。

それから20後、最初の墜落から36年後ボソン氷河の末端近くで墜落した航空機の尾翼車輪が出てきた。それと共に金属破片、ワイヤー等が出始めました。
墜落した飛行機には金持ちが乗っていたから貴金属宝石も出るに違いないと大騒ぎになりました。

Boson_india 氷河の末端はクレバスも多く、高さは6階建てのビルくらいですが人々が大勢押し寄せ、そこへ登って氷を掘り宝探しをしたといいます。
氷河末端の傍にある「ボソン氷河・シャレー」は地元の人の憩いの場所ですが、墜落機の尾翼車輪が展示され哀れを誘っています。

1950年、1966年と続けて同じ航空会社の飛行機が略同じ場所で墜落するというミステリーめいた話は地元では有名ですが日本ではあまり知られていません。

余談ですが2008年に50年に墜落したプロペラ機のエンジンがボソン氷河で見つかったそうです。

【注】
ボソン氷河シャレーのサイト

http://www.montblanc.to/uk/chalet/index2.html

墜落の詳しい内容
http://www.montblanc.to/uk/glacier/index4.html

2008年の発見
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/accidents/2523078/3386567

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