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2009年6月 9日 (火)

79. グラン・サン・ベルナール峠

Map38 グラン・サン・ベルナール峠(標高2469m)は、青銅器時代には人の通った形跡があり、古代からアルプス山脈を越える重要な交通路でした。正確なところは不明ですが、紀元前217年にハンニバルが戦象を連れてアルプス山脈を越えたのもこのあたりとか。
ローマ帝国の時代には皇帝アウグストゥスが街道を敷設し、山頂に神殿が祭られていたと。

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753年にはローマ教皇ステファヌス2世がフランク王国の国王ピピン3世と面会するために峠を越え、
800年にはカール大帝がミラノでの戴冠式の帰りに越えていると史実は伝えています。

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峠に縁のあるもう1人の有名人がナポレオン・ボナパルトで。1800年5月、ナポレオンはイタリア遠征のために4万のフランス軍を率いて峠を越えました。このとき、ナポレオンは付近の村からワイン21724本、チーズ1.5トン、肉800キロなどの物資を調達し、峠のホスピスに40万フランの借用証を置いていきましたが、フランス帝国政府が実際に支払った代金はその一部だけです。1984年にようやく時のフランス大統領ミッテランが残額を清算しました。

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18世紀までの間、毎年約2万人の商人や巡礼者が峠を行き交いました。
峠では1年の内250日以上が雪に閉ざされその上、山賊の出没や悪天候、雪崩などにより遭難者が数多く出ました。
1050年、アオスタ大聖堂の助祭長ベルナール・ド・マントン(聖バーナード)は、峠の山頂に遭難者の救助を目的としたホスピス(救護所、ターミナルケアを行う現在の「ホスピス」の語源)を建設し、人々に宿泊と食事を提供しました。こうした功績によりベルナール・ド・マントンは16811年に教皇インノケンティウス11世によって聖人に列せられました。グラン・サン・ベルナール峠の名は彼の名に由来します。

遭難者の救助に活躍したのが犬たちで、嗅覚の鋭いシベリア犬が輸入され、訓練され雪に埋もれた
遭難者を見つけるのに活躍しました。
樽に詰めた食料や気付け薬を遭難者へ送り届け、少なくとも2500人の遭難者が救助されたと伝えられています。なかでも歴史に残るのはバリーという名の救助犬で、1814年にオオカミと間違えられて射殺されてしまいましたが、バリーは生涯で40人以上の遭難者を救助したと伝えられます。
後にこの種は峠での活躍にちなんで「セント・バーナード」(サン・ベルナールの英語読み)と命名されました。

こうした苦難に満ちた史実やエピソードを偲び訪れたのは96年、98年の2回です。
96年のときは国境の検問が厳しい折でしたが、峠で休んでいると関西から来たと言う女性は関西弁を話す私たちに、日本人は絶対に居ないと信じて来たが、関西人6名と会うとはと、がっかりびっくりでした。程なくバスで引き返すとのことでした。

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スイス側のグランサンベルナール街道はマルチーニから約15kmのオルシエール辺りから始まります。

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グランコンバン山(4314m)が左手はるかに見え、ダム湖を過ぎるとトンネル道と峠道の分岐点
になります。

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幾つものヘアピンカーブが続く峠の街道は岩石だらけで、岩陰に僅かのコケ類が生えるだけの地獄の1丁目の感じです。

Hospice
峠の頂上には修道院と救護所(ホスピス)があり、湖の傍を通ってスイス、イタリアの検問所があり、
聖バーナードの銅像は土地が広いイタリア側の岩場の斜面に建っています。
また峠には博物館や救助犬の飼育舎があり種の保存をしています。

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10月には雪が降り、雪解けは5月です。峠の下にトンネルが出来たので峠の往来は観光客と巡礼者
だけです。
巡礼者は聖バーナードの銅像を拝んで帰ります。土産物の店が沢山並んでいます。

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St_bernard_s

St_bernard

98年のときは岩の斜面につけられた小道を徒歩で辿り銅像に傍に行き、イタリア側の検問でご苦労さんと挨拶して、スイス領へ入りましたが、国境は幅50センチの溝があり標識が立って
います。

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巡礼者の団体と一緒に境界を通過しましたが、彼らの会話の中に「グランパ、グランマ」と言って道路脇の石垣に刻まれた落書きらしきものを指していました。彼らの爺さん婆さんに聞いて、残したのを孫たちが見つけたのでしょう。代々巡礼に来ているのでしょうか。

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イタリア側に入ると急な下りに坂になり、岩石と苔の生えた景色が続きますが、イタリア側は日当たりが良いのか草地に小さな花が咲くのが見られます。

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バスはアオスタ渓谷を目指し、旧道をゆっくり下って行きました

ここはフランス語圏で峠の正式名は col du Grand St-Bernard
救助犬は  Saint Bernard 英語読みです。

峠の詳しいデータ類はアルプスの峠に詳しいKitamuraさんの
http://www.eu-alps.com/i-site/cols/data/011.htm
を参照ください。

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