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2009年6月

2009年6月29日 (月)

89. グランモンテ

Grandesmonte_map2 シャモニーの町からバスで15分、レ・ショザレで下車、ロニアンというロープウエイの駅からロープウエイを乗り継いで着くグランモンテは、標高3233mで岩山の上にあります。
屋根はロープウエイの駅と一軒の喫茶店にあるだけで、三方を氷河に囲まれる素朴な展望Gl_pendant 台。

Gl_rognons

登って来る大半の者は目前の氷壁でクライミングの訓練をする山男達です。
ロープウエイに乗ると耐寒完全装備でザイルとピッケルを持つ大男に囲まれ、爺さん婆さんの来るところとは違う言われそうで、隅っこで小さくなってします。観光客はポツリポツリです。

Vert_drus_monblanc_r

展望台はパイプを組んだデッキだけです。正面、南を向くと、主役ヴェルト針峰(4122m)は覆い被さるようで、その右にドリュ峰(奥が3745m手前が3733m)が居座っています。その向こうにモンブランが堂々としています。
Drus ここから見るドリュ峰はアヒルの嘴みたいで、モンタンヴェールから見た刀の刃形状とはまるで異なります。
ドリュ峰の右手は深い谷で、ご存知のメール・ド・グラス氷河が底を流れます。彼方にはモンブランが控えています。

Aig_de_verte

ヴェルト針峰の手前にプチ・ヴェルト峰があり、見事な氷の壁が広がっています。

Verte_climber Glacier_de_argentiere

眼を凝らしてみるとクライマーが芥子粒の大きさで氷壁登りの練習に励んでいます。

眼を左に(東に)転じると谷底にアルジャンティエール氷河が流れ、下流に物凄いクレバスが見られます。流れに直角に切れ目を入れ折り曲げているようです。調べたところ底の岩盤が飛び出しそこをジャンプする形になり、氷の折れ目が出来たようです。今でも学術調査目的の先生
が許可を得て底の岩盤を見に来るそうです。なんでも人が腹這いで入れる隙間があるそうな・・・
メール・ド・グラス氷河より河床が高いので夏でも雪に覆われ美しい氷河として有名です。

Photo_2

氷河の対岸はアルジャンティエール針峰群が威張っています。

Glacier_de_argentiere2 一番奥に三角の形をしたモン・ドラン峰(3823m)が遠望できます。この山のテッペンはフランス、イタリア、スイス3国の境界が集まる
ので地理的に有名な山です。多くの人は氷河のクレバスには目もくれずモン・ドランは何処だと探して
います。

To_montetos_path Aig_rouges

北側の展望は赤い針峰群、スイスへ通じるモンテ峠への道が望めます。

Dangerous_area 展望デッキから下は氷河ですから素人は危険、僅かに水平の氷のテラスにパラグライダーの基地があり
メール・ド・グラス氷河目掛けて飛び立っています。

Parasailler

展望台からロープウエイの乗り継ぎ点クロア・ド・ロニアンまでの急斜面は、冬、スキーで賑わいます。


しかし夏は氷と静寂が広がる世界です。

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2009年6月27日 (土)

88. プラの教会

シャモニー谷の交通はバスが頼りになります。時間が足りないときはタクシーを使いますが時刻表を手にすればバスで十分です。略30分毎に走っています。
教会広場にバスターミナルがあります。山小屋風の建物の前が乗り場です。
シャモニーから東へ、ル・トゥール行きに乗り5分のところにプラ村があります。アンデックスへ上るロープウエイ乗り場が近くにあるので乗降客がかなりあるバス停です。

Praz 停留所のそばに「プラの教会」があります。シャモニー谷の名所の一つで撮影スポットになっています。
鐘楼つきの小さな教会ですが花壇に囲まれ静かに佇んでいます。バックにドリュー峰が聳え尖った鐘楼と良い対比をなしています。
針峰に囲まれるシャモニーですが、この教会の前に立つと不思議と安らぎを覚えます。
午後2時-3時頃がドリュー峰に陽が当たり美しく撮れます。
朝シャモニーを発つときジュネーブ行きのバス乗り場までタクシーで走るとき時間を工面して撮りに行くのも手ですが、ドリュー峰が逆光になりますが、記念にはなります。

世界の名所のカレンダーにも載るくらい有名ですからお見逃しなく。

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2009年6月23日 (火)

87. シャモニー谷中腹のハイキング

Map_m ロープウエイでエギーュ・デュ・ミディから下りる途中駅、プラン・ド・レギーユからモンタンヴェールまで、谷の中腹に設けたハイキング道は、シャモニー定番のコースで賑わいを見せます。(全長6km、約3時間。)
ほぼ水平道で、左下眼下は谷底のシャモニーの町、右を見上げるとシャモニー針峰群が連なります。

Photo

Photo_2

最初に眼に入るのはナンチョン氷河末端が直ぐ上に見えます。

1

Photo_5

道端の石かげの花を見たり、沢を渡ったりして約3km進むと、

2

Photo_3

Photo_4

M

右手にMの形をしたこじんまりとした針峰が見えて来ます。M針峰(2867m)と言い、細かい地図にしか載っていません。
尖った山ばかりで圧倒される中、愛嬌ある形が出現してほっと一息つけます。

Photo_12

道はほぼ平坦で歩き易く、左手下はシャモニーの町、

Photo_13

左手遠くは赤い針峰群、Photo_14 足取りも軽く進みます。

再び右上を見上げるとシャモニー針峰群が迫ります。

Photo_6

コースの終り近く道が二つに分かれ、下を行くとモンタンベールへの近道、右を取ると斜面を登るじぐざぐコースです。ガイドは必ずどっちを取りますかと聞きます。右はしんどいけれど後で絶景が待ってます。
Photo_7 モンタンヴェール展望台近くになると、ガレ場に付けた石畳の道が続き、ドリュ峰が除々に見えて
くるのが感動的です。

Photo_8

展望台(標高2100m)では歓びの声が沸きます。メール・ド・グラス氷河の見事な景観です。シャモニー谷の氷河で一番美しいと評判が高く、手前にシャモニー針峰群、奥にグランドジョラスの北壁が望めます。

氷河面の紋様は波型曲線で、メール・ド・グラス氷河の顔です。
氷河が流れ下る道中で落石の多い場所があり、夏の間は氷河面に落ち、冬は雪の上に落ちるからです。
氷河は動いているから季節で筋ができるわけで、時速1cmときいています。

1_2
波の形が曲線になるのは氷河の中央は流れが速く、端っこは遅いからです。

Photo_9

モンタンベールまでの下りはじぐざぐを繰り返し300m下ります。
すると氷河面の紋様は消え泥と小石だらけのものになります。

モンタンベールでは氷河の洞窟を見学する客がゴンドラに乗りばに長い列を作っています。
それを横目で見て電車で下ることにします。
Photo_10 ラックレール式でラックはシングル式です。ユングフラウ鉄道で成功した会社が19世紀終り頃建設しました。

Photo_11 当時は馬車が引っ張っていましたが、蒸気機関車が引っ張り、片道55分かかっていましたが電車では20分です。シャモニーの駅に当時の蒸気機関車が飾られています。

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2009年6月22日 (月)

86. ジェアン氷河空中散歩(下)

2 ジェアン氷河を3連のゴンドラに乗り空中散歩中、ガタンと音がして停まります。撮影のサービスタイムですが、判っていても突然のことで一瞬ドキリとします。それが大クレバスの真上とあればネ。

1

落ち着いて見渡せばモンブランは彼方にデンと座っています。

Photo

動き出して南に眼を転じると、メール・ド・グラス氷河が眼に入り始め、ミディ針峰から来るゴンドラとすれ違いが始まりました。(写真では赤色のゴンドラですが、いまは
青色のものに取り替えています。)

Geant_glacier08 いま、ジェアン氷河の真上です。後ろを振り返るとダン・デュ・ジェアン、グランドジョラスからの連山が続き、ヴェルト針峰群の北側のタレフレ氷河も全貌が伺え息を呑む光景です。

Merhr03r

3

メール・ド・グラス氷河が見えなくなると、ヴァレーブランシュ(白い谷)になります。
氷河の裂け目が荒れ狂い、氷柱(セラック)が目立ちます。傾斜がきついため氷河が滑り落ちるとき
出来やすいと言われています。

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Geant_glacier02 ミディ針峰に近づくと雪原にはクライマーの野営テントが目立ち始めました。

Photo_3

ミディ針峰が見えてきました。スリルに富んだ空中散歩はもう直ぐ終りです。

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2009年6月21日 (日)

85. ジェアン氷河空中散歩(上)

96年7月始め、シャモニーに着いて3日目、前日まで雨に祟られ泣きべそ。
4日目の朝ホテルの隣の部屋から電話で「モンブランがくっきりじゃぁ」と起こされました。

Morgen2 早速テラスへ三脚を立て朝焼け撮影のスタンバイ。モンブランのモルゲンロート(朝焼け)をキャッチ
しました。モルゲンロートがくっきりの今日一日は晴天確実です。

Gean_map

シャモニーへ来る人の大半が指を咥えて、ああ乗りたいと言って帰るのが、ジェアン氷河のロープ
ウエイの旅です。滅多に乗れません。
【パックの人は不可能と言われますが、大阪でプロ野球の球団をやっている旅行会社がこのコースを
採用して人気を呼んでいます。】

その理由は時間不足です。ミディがら出ると45分かかって終点エルブローネに着き、
折り返しに45分。乗り場の待ち時間が1時間ずつとして3.5時間。
ミディへ登るのには朝早く出るのに予約を入れてギリギリです。
よって、正攻法では無理が多く裏をかくゲリラ戦法にでます。
逆コースを採るためモンブラントンネルを抜け、イタリアへ行きます。
モンブランの真下に1.6kmのトンネルがあります。ロープウエイ乗り場までは18km見れば上々。タクシーで20分そこそこの距離になります。

Map ロープウエイ乗り場は、クールメイユール町のアントレーヴちゅう所の「ラ・パル」(La Palud)です。日本のガイドブックは全部「クールメイユール」ですけど正確には「ラ・パル」。
さて、乗り場に着いたものの、前日来の悪天候でケーブルに雪が積もり凍っており除去と点検に時間がかかりました。

Monblanc_from_palud
乗り場の裏手周辺をうろついていると、ロープウエイの左手にモンブラン、右手にグランドジョラスが眺められ拍子抜けをしました。

Grandes_jorasses_frompaludl

ラ・パルからミディまでの通し切符はありません。別々です。

エルブローネまではロープウエイを乗り継いで上ります。定員に満たない客でしたからスイスイと。
エルブローネに着いたらガラガラで、ミディ針峰行きのロープウエイが走っています。
4人乗りのゴンドラが3つ、間を置いて連結され1単位になっています。それが略1分間隔で走っています。

エルブローネからミディ針峰へ到るまで湾状の大氷河が広がり、湾の縁、北には岩山が並び、
南には氷河が流れ出る口が開いています。標高は凡そ3400m。

Dent_du_deant1 出発して間もなくダン・デュ・ジェアン(4013m)の天を突く悪魔のような尖った針峰が現れます。

Geant_glacier01 そして北側に眼を向けると氷河の縁を行くクライマー達がケシ粒のように見えます。

Photo_2 トウル針峰(3534m)の麓を行くクライマーも・・・

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突然、ガタンと音がしてロープウエイが止まりました。故障!? ドキリとします。
撮影タイムのサービスです。しかし下を覗くと大クレバスにゾーとします。

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2009年6月20日 (土)

84. エギーユ・デュ・ミディ展望台

Midi_l 舌を噛みそうな名前、エギーユ・デュ・ミディ展望台(標高38422m富士山より高い)シャモニーの町から肉眼で見上げられます。

Midixx

尖った山のテッペンに塔が立っているようです。
塔の根っこがテラスになっており中央テラスと呼ばれています。

Midi07_l

ここへ上るのには、ロープウエイを乗り継ぎ20分余りで着いた後、エレベーターに乗り換えます。
エレベター代はロープウエイ代に入ってなく別途支払いが必要です。

富士山より高いので高山病が心配されますが、ロープウエイの乗り継ぎ点が2309m、ここでは毎時680人のペースで運び、ここから上は毎時600人のペースですから、待つ人が溜まってきます。
昼ごろには30分も待ちます。そのため、乗り継ぎ点では売店、喫茶店があり繁盛しています。

このようにして高所対策をしてあるから、高山病はまず心配ありません。

Noriba_l ところがロープウエイに乗るのは大変です。定員の50%は予約客です。ツアーグループはガイドが
予約を取っているから心配ありませんが、当日客は出発時間を指定して切符を買います。キップ売り場の
窓口に次は何時のキップと表示しています。予約は10時間前から受付ます。

Midi_guide2_l

希望する時間分が売れてしまっていたら時間がずれて後になります。(切符は出発30分前まで買えます。)
切符を持っている人は出発10分前に呼び出しがあます。登山をする人は朝6時頃から並んでいます。9時頃出かけると午後にならないと乗れません。

従って待合所はごった返しています。切符を買うのに並ぶ人、出発を待つ人、グループの待ち合わせ、おろおろします。個人旅行の人は要注意です。

Zu1 乗り継ぎ点、までは1954年にでき、それから上の区間(第2区間)が難工事であったとか。
その様子を地元のガイドブックは次のように伝えています。

直径14mm、長さ1700mのケーブルを分割せずに山頂まで引き上げることは大変なことでした。この難事業にはアオスタとシャモニーのガイド達が当たりました。互いの体をロープで縛りつけて繋いだ30人の山男の一隊は、それぞれが木枠を背負い、一人当たり30kgのケーブルを巻きつけました。荷上げには2日間かかりました。
下りも生易しいことでなく、落石、落氷が絶え間なく続く中絶壁に沿って降りなければなりませんでした。
巻上げ機械で太いケーブルをあげる時には6名のガイドが頑張りました。ケーブルは何度も岸壁の間にはまって動かなくなり、大変な離れ技でそれを引っ張り出さねばならず、8時間半もきつい作業がつづきました。
それからは、山と人との仮借の無い格闘が始まりました。風速30mの身を切る風、猛吹雪の極限の気象条件の下建設が敢行されました。2名の尊い犠牲も出ました。

さて、ロープウエイは頂上到着前は真上に引っ張られるようになります。目前の氷河が壁のように感じられ徐々に上がっていきます。
到着は手前の峰で、橋を渡って奥の峰に行くとテラスに上るエレベーターがあります。シニアーは割引があります。
中央テラスは360度眺望が出来ますが、晴天でも寒いので防寒の備えは欠かせません。
また雪の反射光線がきついのでサングラスも欠かせません。

テラスからの展望はこの次に・・・

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2009年6月17日 (水)

83. ブレヴァン展望台

ブレヴァン展望台(標高2525m)に上るには市街地から山手に向かい、教会の側をMap166 通り急坂を登ったところにロープウエイの乗り場があります。
中間駅プランプラ(標高2020m)でいったん降り、ブレヴァン行きへ乗り換えます。

0 Photo

展望台へはロープウエイの支柱はありません。空中を散歩する気分です。
展望台にはテラスや売店もあり、登山家で賑わっています。

遥か眼下になったシャモニーの谷を挟んでモンブランが真正面に見え、ボソン氷河とタコマ氷河が縦に細長く垂れ下がっています。
麓からモンブランを見上げると周りの山が高く見え迫力がありません。ここからは一番高く(↓)
ヨーロッパ最高峰(標高4807m)に相応しく堂々としています。

2
モンブランの左手白銀から茶色の岩肌になり、エギーユ・デュ・ミディ(↓)からシャモンーの針峰が左手に続きます。

Photo_2 (モンブラン)双眼鏡で見ると周囲は氷に覆われ白銀の世界です。

Photo_4 (エギーユ・デュ・ミディ)針のように尖った岩山の中にポツンと高く見えます。

エギーユ・デュ・ミディ(ミディ針峰)からシャノニー針峰群、ヴェルト針峰群など続きます。

Photo_6

一方、南側(モンブランと反対側)に眼を向けると、「赤い針峰群」が眺められますが迫力は北側に比べるといまいちです」。

Photo_7

モンブランから針峰群が横一線に並ぶのが見渡せるさまは壮観で忘れられない景観です。

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2009年6月15日 (月)

82. シャモニー

Capt0000 シャモニー(正確にはシャモニー・モンブラン)はフランス領で、谷の町です。
標高は1037m、北西から南東に流れるアルヴ川を挟んで23kmの谷の中央がシャモニーです。
左岸、南側はモンブランとシャモニー針峰群を中心とする山々、右岸、北側は赤い針峰群の山々に囲まれ、シャモニーはその略中央に位置します。

Mapx
シャモニー針峰群を仰ぎ見るのは北側の山々の南斜面になり、地図とは逆向きで感覚がおかしくなる時があります。
GoogleEarthの立体図は南北を逆にして表示しました。

Express

シャモニーへのアクセスは2通りあります。ジュネーブからバスで1時間。
マルティニから電車(モンブラン・エキスプレス)で1時間40分。

ここではマルティニからモンブラン・エキスプレスで行きます。

フランスへは鉄道委託輸送(ゲパック)が出来ませんからマルティニで受け取り、持って乗ります。スイス国鉄の列車が着くと、若いもんはスーツケースを持って、列車のタラップを飛び降りて走ってきます。勇ましいです。
団体グループが多いと満員になります。発車30分前にはホームで並ぶのがベスト。
スイスパスは国境のシャトラールまで有効、後はフランスの運賃になります。
マルティにで買えようですが、このときは10人のグループで車掌に纏めて乗り越しを払ったら、お釣りの持ちあわせが足らんと言って200円相当を値切られました。
(一人当たり20円の損害ですが・・)車掌に値切られるのは前代未聞です。

電車は案の定超満員で通路にも客が立っています。
国境駅は何事も無く過ぎ、モンテ峠のトンネルを潜ると視界が開け、右側にモンブランがクッキリと見え出すと、写真を撮ろうと座席の間にも人が押し寄せ騒動になりました。

From_prevent

シャモニーに着き旅装を解いて、晴れていたらすぐブレヴァン展望台(標高2424m)へロープウエイで登りましょう。モンブランと反対側の斜面ですからモンブランから押し出されるボソン氷河、タコマ氷河の凄いパノラマが見られます。

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2009年6月14日 (日)

81. レマン湖畔のブドウ畑

Grape_field02 レマン湖畔、ヴォー州の南斜面はスイス・ワインの著名な産地です。電車の窓から見上げると段々畑が限りなくつづいています。またローザンヌを通ってベルン行きの電車のときは車窓の下に畑とレマン湖が広がり絶景です。

Photo_2

モントルーの隣、ヴヴェイ郊外のモンペルラン(標高810m)へケーブルカーで上ると、昭和天皇も楽しまれたという著名なホテルの庭からレマン湖の眺めを堪能出来ます。
モンペルランは木々が茂り、湖と対岸の山並みとヴヴェイの町しか見えません。

Mt_perelin

Chateu2

ケーブルカーで一駅下のシャルドンヌで下車し、ブドウ畑に囲まれた静かな遊歩道を楽しむことができます。
駅を出るとすぐ車道です。ガイドブックでは左に曲がり暫く行くと下り道に差し掛かると書いてありますが、車道の歩道を歩かされいい気分ではありません。
むしろ駅を出て右に曲がり800mほど行くと、右手にシャトウが見えその前に下りの分かれ道が見つかります。

Guide_panel

車も来ない静かな農道で、湖やヴヴェイの街を見下ろしながらブドウ畑に囲まれのんびり歩けます。

Cablecar3

Cablecar4

Photo_3
上を見ても左右を見ても見下ろしてもズーットブドウ畑です。
時折ケーブルカーや家族連れが追い越していきます。
秋はブドウ畑が黄葉に彩られると聞きます。レマン湖畔の名物」とか。

Grape_field03

Grape_field06

Grape_field08

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2009年6月11日 (木)

80. ローザンヌ

Swiss_00 ローザンヌはスイスで一番大きい湖、レマン湖畔の中程位置しています。
この都市は湖畔から発達し2000年前ローマ軍が港を築きました。
ゲルマン族に侵攻により防御し易い山の手に人々が移り、現在のカテドラルあたりです。

街の活動の中心は更に上部の丘に移って行き、この街は山の手の経済活地区と湖畔のレジャー地区に2分されています。
神戸みたいに坂の多い街で、カテドラル(大聖堂)を中心とする旧市街と湖畔ウッシーとは高低差約140mあります。湖畔ウシーと国鉄ローザンヌ中央駅とは70mの高低差、それからカテドラルあたりへ70mの差です。

Metro
国鉄中央駅と湖畔はアプト式ラックレールの地下鉄で結ばれています。地下鉄といっても地価区間は
500mほどで地上を走るのが殆どです。

Butiku

商店街の坂道は両脇に階段があり石畳。脚をとられそうです。

Saka

Violin 道端の辻音楽師にチップを投げ入れながら坂を上がっていくと一際賑やかなパリュ広場があり、正義の女神の噴水があります。

Fountain Photo

ここから中世の面影を残す屋根付きの階段を上ると大聖堂のテラスです

Photo_2 大聖堂はステンドグラス、パイプオルガンなど堂々として、丁度ミサの時間で静かに見学しました。

Photo_3

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それから大聖堂をぐるりと廻るようにして州庁舎、リボンヌ広場と巡るとくたくたです。

Market2

1

湖畔のウッシーにはオリンピック委員会、博物館がありますが、その隣にひっそりとペットの墓があり花のガーデンに囲まれています。墓誌には人間と同じように何時から何時まで生きていたと名前と一緒に刻まれています。

Photo_6

2

ローザンヌ港は賑やかで対岸のフランスとの往来もあり、またレジャーボートも多く浮かんでいます。

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2009年6月 9日 (火)

79. グラン・サン・ベルナール峠

Map38 グラン・サン・ベルナール峠(標高2469m)は、青銅器時代には人の通った形跡があり、古代からアルプス山脈を越える重要な交通路でした。正確なところは不明ですが、紀元前217年にハンニバルが戦象を連れてアルプス山脈を越えたのもこのあたりとか。
ローマ帝国の時代には皇帝アウグストゥスが街道を敷設し、山頂に神殿が祭られていたと。

Gran1
753年にはローマ教皇ステファヌス2世がフランク王国の国王ピピン3世と面会するために峠を越え、
800年にはカール大帝がミラノでの戴冠式の帰りに越えていると史実は伝えています。

Map5

峠に縁のあるもう1人の有名人がナポレオン・ボナパルトで。1800年5月、ナポレオンはイタリア遠征のために4万のフランス軍を率いて峠を越えました。このとき、ナポレオンは付近の村からワイン21724本、チーズ1.5トン、肉800キロなどの物資を調達し、峠のホスピスに40万フランの借用証を置いていきましたが、フランス帝国政府が実際に支払った代金はその一部だけです。1984年にようやく時のフランス大統領ミッテランが残額を清算しました。

Gd_st_bernard_crosssectiona
18世紀までの間、毎年約2万人の商人や巡礼者が峠を行き交いました。
峠では1年の内250日以上が雪に閉ざされその上、山賊の出没や悪天候、雪崩などにより遭難者が数多く出ました。
1050年、アオスタ大聖堂の助祭長ベルナール・ド・マントン(聖バーナード)は、峠の山頂に遭難者の救助を目的としたホスピス(救護所、ターミナルケアを行う現在の「ホスピス」の語源)を建設し、人々に宿泊と食事を提供しました。こうした功績によりベルナール・ド・マントンは16811年に教皇インノケンティウス11世によって聖人に列せられました。グラン・サン・ベルナール峠の名は彼の名に由来します。

遭難者の救助に活躍したのが犬たちで、嗅覚の鋭いシベリア犬が輸入され、訓練され雪に埋もれた
遭難者を見つけるのに活躍しました。
樽に詰めた食料や気付け薬を遭難者へ送り届け、少なくとも2500人の遭難者が救助されたと伝えられています。なかでも歴史に残るのはバリーという名の救助犬で、1814年にオオカミと間違えられて射殺されてしまいましたが、バリーは生涯で40人以上の遭難者を救助したと伝えられます。
後にこの種は峠での活躍にちなんで「セント・バーナード」(サン・ベルナールの英語読み)と命名されました。

こうした苦難に満ちた史実やエピソードを偲び訪れたのは96年、98年の2回です。
96年のときは国境の検問が厳しい折でしたが、峠で休んでいると関西から来たと言う女性は関西弁を話す私たちに、日本人は絶対に居ないと信じて来たが、関西人6名と会うとはと、がっかりびっくりでした。程なくバスで引き返すとのことでした。

Orsieres2_2

スイス側のグランサンベルナール街道はマルチーニから約15kmのオルシエール辺りから始まります。

Orsieres

グランコンバン山(4314m)が左手はるかに見え、ダム湖を過ぎるとトンネル道と峠道の分岐点
になります。

Route_du_grand_st_bernard
幾つものヘアピンカーブが続く峠の街道は岩石だらけで、岩陰に僅かのコケ類が生えるだけの地獄の1丁目の感じです。

Hospice
峠の頂上には修道院と救護所(ホスピス)があり、湖の傍を通ってスイス、イタリアの検問所があり、
聖バーナードの銅像は土地が広いイタリア側の岩場の斜面に建っています。
また峠には博物館や救助犬の飼育舎があり種の保存をしています。

Dog_hause2_3

 

Col_de_grsbn

10月には雪が降り、雪解けは5月です。峠の下にトンネルが出来たので峠の往来は観光客と巡礼者
だけです。
巡礼者は聖バーナードの銅像を拝んで帰ります。土産物の店が沢山並んでいます。

Border04

St_bernard_s

St_bernard

98年のときは岩の斜面につけられた小道を徒歩で辿り銅像に傍に行き、イタリア側の検問でご苦労さんと挨拶して、スイス領へ入りましたが、国境は幅50センチの溝があり標識が立って
います。

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巡礼者の団体と一緒に境界を通過しましたが、彼らの会話の中に「グランパ、グランマ」と言って道路脇の石垣に刻まれた落書きらしきものを指していました。彼らの爺さん婆さんに聞いて、残したのを孫たちが見つけたのでしょう。代々巡礼に来ているのでしょうか。

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イタリア側に入ると急な下りに坂になり、岩石と苔の生えた景色が続きますが、イタリア側は日当たりが良いのか草地に小さな花が咲くのが見られます。

Gd_st_bernard01

バスはアオスタ渓谷を目指し、旧道をゆっくり下って行きました

ここはフランス語圏で峠の正式名は col du Grand St-Bernard
救助犬は  Saint Bernard 英語読みです。

峠の詳しいデータ類はアルプスの峠に詳しいKitamuraさんの
http://www.eu-alps.com/i-site/cols/data/011.htm
を参照ください。

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2009年6月 5日 (金)

78. シヨン城

Google スイス南西部、この国で一番大きい湖、三日月の形をしたレマン湖があります。その東端、モントルー
の街の東にシヨン城があります。モントルーからトロリーバスで行けます。

Photo

スイスで一番美しいと言われるシヨン城は、レマン湖の中に浮かんでいるように見えますが、岸からせり出した岩盤の上に立っているとか。

ローマ時代、9世紀、ヌーシャテル湖付近のアヴァンシュに帝国の北限の都があり、レマン湖畔を通り、グラン・サン・ベルナール峠を越えイタリアへ通じる街道の監視、往来する兵隊の休憩のために砦が作られました。シヨン城の起源です。
シンプロン峠からの街道もここを通るので、裏山は崖、反対側は湖という場所だけに通行税を取るには格好の場所でした。

12世紀フランスイタリアのアルプス地方を治めていたサヴォワ家の所有となりました。
16世紀ベルン州がジュネーブの要請を受けサヴォワ家から取り返しました。
ところが1798年ヴォー州がベルン州から取り戻してサヴォア家の物になりました。
当時ジュネーブはサヴォワ王党派とジュネーブ独立を目指す自由民衆派との宗教改革戦争の真っ最中で、
ジュネーブ生まれの熱血愛国者、ボニヴァールはサヴォワ家に反抗して捕らわれ、シヨン城の地下牢に幽閉されました。そこでベルン州がサヴォワ家を攻撃、4年後に開放されました。

Photo_2

伝え聞いたイギリスの詩人バイロンが「シヨンの囚人」で謳いあげ、シヨン城は一躍有名になりました。

城の詳しい内容は詳しい説明のアル次のサイトをご覧下さい。

http://www.ne.jp/asahi/yume/dreams/main/Photo_chillon_booklet.htm

Photo_4 有名な地下牢にはボニヴォワールが繋がれた柱が残っています。
柱には鎖を繋ぐ輪が今でも残っています。ボニヴォワールが繋がれた柱は奥の方・・

城は地下牢の上に3階を作り、居間、客間、食堂、武器庫、倉庫、礼拝堂、見張り塔などの部屋があります。外壁には敵に備える銃眼も見られます。

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城は岸から見るよりは船に乗り湖上から見るほうが美しいと言われますが、乗る機会が無く
残念です。

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2009年6月 4日 (木)

77. グリュイエール(下)チーズ工場

グリュイエールはチーズの里です。わが国も輸入され親しまれています。
村にはチーズ作りを実演する工場があり、近代的な設備と操業をガラス越しに見学が出来ます。

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ドイツ語、フランス語、英語に加え日本語の案内もあり、トランシーバーのようなのを耳に当て言語を選び聞きます。
2階が実演工場で1回は貯蔵庫になっています。

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貯蔵庫で、棚に整然と並べられたチーズの表裏を、ひっくり返す作業が自動化され、見学者を楽しませてくれます。

通路にはチーズの見本が誇らしげに展示されています。

販売店には試食コーナもあり、土産に買う人でごった返しています。

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案内した現地ガイドの秘話として、婦人用トイレが変わっている。土産話に体験されてはと話されました。促され用を足す人がいました。

私は男性ですから覗くわけにはいきません。家内の報告では、便座にビニールのカバーがしてあり、用を済ますと新しく入れ替わるようです。

写真を撮って来いというと、叱られました。

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2009年6月 3日 (水)

76. グリュイエール(上)城と城下町

Grue  グリュィエール村のシンボルは「鶴」です。フランス語Grueが地名になっています。村の紋章も鶴です。シベリアかの渡り鳥の休息地でしたがいつしか来なくないました。

Map

ここへの行きかた電車ルートは一寸複雑です。車は割りと簡単。

Kanban

村の中心は小高い丘の上にあり、長さ200mほどの石畳のメインストリー-トがあり、両側にレストランや土産物店が並び、奥にグリュイエール城が建つ箱庭のような小さい村です。

Photo_4 Gruyeres05

村の入り口から噴水まで一度下り、そこから城へ向かって上り坂になります。
石畳は中央を舗装して歩きやすくしています。

城は12世紀からのもので15世紀から17世紀にかけ増築されました。20人近い伯爵が治めた歴史的な古城です。いまはフリブール州が管理しているとか。

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中にはを見たときは美しさに喚声が上がります。向こうに聳えるモレソン山が借景になっており見飽きません。

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城からみ下ろす景色は田園風景そのもので、時が止まった感さえします。

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城の近くのレストランで昼食にラクレットを食べましたが、電熱でチーズを融かし、じゃが芋にまぶして食べますが、傍らの老夫婦大きなチーズを二人でペロリと食べたのにはビックリしました。

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アイスクリーム屋ではおばあさんが応対してくれましたが、アイスクリームは美味しかったけれど英語が通じず、どうも釣銭を誤魔化されたような感じです。

シーズン中は観光客で賑わっています。駐車場には貸し切りバスでいっぱいです。

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2009年6月 1日 (月)

75. 地図

スイスの関心度が増してくると全土の地図が欲しくなります。
いまはGoogleMapsを利用でき便利になりましたが、山間部では不十分です。

1/300000(30万)の全土図でも広げると机2つは要ります。折り畳んで使うと折り目が痛むし苦労します。
また全土を別々に購入するのは大変です。

私はパソコンで活用するのに SWISSTOPO の Swiss Map 10、Swiss Map 5のDVD/CD を使っています。
http://www.swisstopo.admin.ch/internet/swisstopo/en/home/products/maps/swiss_map/100.html

編纂はスイス国土地理院です。(少々高価ですが)


19インチ程度のモニターを使えば、1/5万地図でも でも1/2.5万の1.8倍大きく表示され見やすく、SWISSTOPOのSwissMaps 1/5万と1/10万を組み合わせてインストールすると、1/20万、1/50万 1/100万もおまけに付いてくるので切り替えて使うのに便利です。

私のバージョンは2.0で、上下左右に動かすにはスライドバーを使わねばなりません。
3.0からドラッグするだけで全土を左右上下に移動できます。
(Googleと同じ)
Photo_3 検索、コピーなどの他、地図の右下に、カーソル地点の緯度、経度が表示され便利です。

また、Atlas of Switzerland も便利な地図で DVDを購入して楽しんでいます。
http://www.atlasderschweiz.ch/index_en.html
この地図には地図記号は出ますが文字は表示されません。しかし地図上の場所、山、峠、川などにマウスカーソルを合わせると表示欄にその名称がでます。
川は支流が多いので詳しい名称を知るのに便利です。

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(Atlas地図の例)

この地図の特徴の一つに3D表現がありますが、いまはGoogleEarthの方が使いやすいです。

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