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2009年5月

2009年5月31日 (日)

74. ベルン(下)噴水

Zahringen2l

ベルンの旧市街シュピタル通り、マルクト通り、クラム通りには名前の付いた石造彫刻の6基の噴水が設置されています。
Bern_funsui

「世界で最も美しい障害物」と謳われる様に通りの真ん中にあります。また、これらの通りの周辺ににも同じような5基の噴水、無名の噴水もありベルンの町の特徴になっています。
噴水と言ってもわが国のように空中に吹き上げるものでなく、塔の様式で円形の水盤の中に立ち、根元からチョロチョロと流れ落ちるものです。

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水盤の周りには市民が情報交換する憩いの場として親しまれています。

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①「バグパイプ吹きの噴水」は貧しい音楽家で穴の開いた靴を履いてバグパイプを演奏しています。交通の多いシュピタル通りにあり、バスや市電がよけながら走っています。

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牢獄塔を過ぎマルクト通りに入ると②「アンナザイラーの噴水」が見えます。全財産を病院に寄付したのを称えています。

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続いて③「射撃手の噴水」があります。甲冑を身に着け足元の熊は銃を持っておりベルン王国の
威勢を表しています。

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時計塔の手前一寸横に入った所に④「食人鬼の噴水」があります。泣き叫ぶ子等を何人も抱いていますが
反面熊の像もあり優しさを表しています。昔この辺りで子供が水辺に落ち命を落としたことがあるので
近寄ると・・・と教えています。

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(背後から見たところ)

Zahringen_l

時計塔を過ぎクルム通りに入ると⑤「ツェリンゲンの噴水」です。ベルンの創始者ツェリンゲン家のヘルヒトル5世を記念しています。甲冑を身に着けツェリンゲン家の旗を持つ熊の兵士です。

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⑥「シムソンの噴水」は戦争で戦った兵士を称えます。ライオンの口をこじ開ける勇ましい姿です。

Kishu

通りから外れた市役所の広場に⑦「旗手の噴水」があります。ビル陰の広場になり市民が憩って
います。通りの喧騒から離れ静かな場所です。

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⑧「正義の女神像の噴水」は目隠しをされていて、先入観で物を見てはいけないという寓意。
公正、正義を表しています。

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⑨「伝令の噴水」は熊公園の近くウンタートーア橋の袂にあります。木立の中にあり見逃しやすいです。

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大聖堂の向かいに⑩「モーゼの噴水」があります。神に与えられた十戒を手に持っています。

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⑪「リフリの噴水」は駅の近くアールベガー通りにあり、ぽつんと立っています。

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その他無名の噴水もあり訪ねて歩き、見上げて鑑賞(?)するのも楽しく時間が足りません。

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2009年5月30日 (土)

73. ベルン(上)世界遺産の旧市街

Map24 ベルンはスイスの首都、ベルン州の州都です。94、96、03年の3度訪れました。
アルプス観光の拠点として知られ、また商業・金融の中心地でもあります。
U字形に蛇行するアーレ川が旧市街を取り囲み、市街の1/3を緑が覆っています。

ベルンという名の起こりはここを治めていた王様が狩に出かけて、最初に獲った動物をここの地名にしようとなって、最初に獲れたのが『熊』です。熊ははこの街のシンボルです

旧市街は中世の面影をよく留め、世界遺産に指定されています。
駅前広場辺りに市民がたむろしており、道を尋ねると「あっち、あっち」と教えてくれます。
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日本人が多いからでしょう。東へダラダラ下るメインストリートがマルクト通り、牢獄塔は時計塔と間違いやすので要注意。等時計塔を過ぎるとクラム通りになります。

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この目抜き通りは車、観光馬車に交じって観光客も多く、道の真ん中に著名な噴水が6基あり、[世界で最も魅力のある美しい障害物]と言われています。

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時計塔の周辺は旧市街の中心地で、ツェーリンゲンの噴水とともに人通りが絶えません。
ところが時計塔の人形は時間になると数秒で終り、見物客はがっかりします。

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通りの左右はアーケードで繋がっていて、「ラウベン」と呼ばれ、ヨーロッパ最大で延長は6kmに達します。もともとはアーケードはなかったのですが出店職人が雨や雪を防ぐため屋根をつけたのが始まりで、屋根の上に住宅がせり出してきました。
いまは高級ブランド品、ベルン土産などの店が並ぶ買い物天国として賑わっています。

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旧市街を下りきった所が「熊公園」、檻の中にいるのでなく、深い円形の広場の中にいて、人々は見下ろす格好です。

Ritoma

そこから左手に坂道を上がると「バラ公園」で旧市街を見渡せる絶景が楽しめるとガイドブックに
ありますが、木々が生い茂り見渡せません。

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むしろ右手の坂を登った辺りが良く見渡せます。

「レンガ色の段々畑が続く」と北村忠三氏が著書「憧れの国スイス(文芸者刊)」で述べた

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名文句の風景が目の前に広がります。

大聖堂は旧市街のランドマークですが、修理することが多く全体像が中々見えないのが残念です。

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03年、グループの帰り集合時間を待つ間、駅前の喫茶店で「グリーン・ティー」がメニューにあるのが眼に留まりオーダーしたところ、砂糖が付いて来たのにビックリ。文化の違いに驚かされました。

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2009年5月27日 (水)

72. ロゼック谷

ロゼック谷は前回のモルテラッチ谷の西隣にあります。
95年6月28日、パック旅行のグループはコルヴァッチ展望台へロープウエイを乗り継いで登りましたが、麓は晴れていても標高3303mのここはガスがかかり、周囲は霞んで良く見えません。
早々に降りることにしました。
そして、中間駅ムルテルからスールレイユ峠を目指して歩き始めました。
ムルテルは約2700mm、峠は2755mの高さで僅かの高低差だが、いったん下ってから登るので実質は100mくらい登ることになります。

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この年スイスでは3月に大雪が降り、高所では残雪が多く道の両側には1mも残っており、路面は融水が流れ足許がよくありません。自然に隊列は長くなり、じぐざぐの登り道をあごを出して
登りました。

ピッツ・ベルリナはガスがかかり全容がはっきりせず残念です。
峠から真っ直ぐ谷へ降りず、やや右手に辿るとロゼック、シェルシェン、ベルリナとチェルヴァ氷河が間近に見えるポイントに着くと「ハイキングの教科書」にありますが、そこへの道も雪で閉ざされ見つかりません。東京からのハイキングツァーパックのパーティーも断念した様子です。

Su_pass2_3

残雪は50cmを超えており、足がすぽりとめり込み難渋する人が増えてきました。
ハイキングのとき、下り道は靴面全体で地面を捕らえるようするのが常識で、かかとから降ろすと滑って危険です。その調子で歩くから難儀をします。
しかし、雪道ではかかと荷重で強く踏みしめるようにすると歩きやすいのです。添乗員をはじめ数人に、手ほどきならぬ足ほどきをしました。スキーをかついで雪山道を下った昔の経験がスイスで役立つとは。

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前方のベルリナは、ガスに見え隠れしながら、少しずつ右手に遠ざかって行きます。
氷河の舌端だけがやけに明るく見えます。

200mも下ると地表が現れ、乾いた土地で隊列を整えます。

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ここらあたりから枯れ草や岩陰に花が目立ち始めました。

立ち止まり撮影を続けていると隊列から段々遅れてきます。先頭の方からの掛け声が遠くなっていきました。

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下るにつれて花が多くなり、その色も紫、赤、青よりも黄色の群生が支配するようになってきました。

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ロゼック谷の川が見下ろせるようになった作業小屋場所にこじんまりとした段丘があり、作業小屋があります。放牧の牛はどこかと見回すと、谷の向こうの草地に群れていました。

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辺りは一面の牧草と花畑、ここで昼食の大休止。

べルリナはずっと右手になり、山陰になり見えません。チェルヴァ氷河の舌端が「あかんべぇ」をした格好で光っています。

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正面、谷の向うにピッツ・チェルヴァ(3546mm)とピッツ・ミサウン(3249m)が聳え、その間の氷河の舌端からの流れが細い白糸を垂らしたように谷に流れ落ちています。


ロゼック川の河原は広く、細い流れが幾筋も交わったり分かれたりして網目のような形を成し流れ緩やかに見え長閑です。

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森林限界に達するようになると、道の両側のアルプは花一杯になってきましたが、谷のホテルに通じる道がUターンする少し手前、異様な光景に出くしました。
モレーンだらけの斜面で、石ころというより岩ころだらけです。
その向こうは生い茂った樹林です。昔のスイスはすべてこんな様子で、人々が岩を掘り起こし耕して牧草地に育て上げたのかと感慨に耽りました。

谷のホテルロゼック・グレッチャーの前で小休止。添乗員のおねえさんは、「馬車に乗りますか」と皆に声をかけたが殆どか゛「いらん!歩く!」
小生は乗りたかったのに・・・。追い越して行く馬車を恨めしく見送ります。

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振り返るとロゼック谷の奥のロゼック氷河は逆光で見難く。二重の恨めしです。

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ポントレジーナまでさらに6km、馬車道の少し上の方についている遊歩道を歩きました。

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2009年5月26日 (火)

71. モルテラッチ氷河

Map_m モルテラッチ氷河はP・ベルニナ(ピッツ・ベルニナ)から流れ出し途中ディアヴォレッツアからのペルス氷河を合わせモルテラッチ谷へ流れます。
サンモリッツからベルニナ線の普通電車に乗り25分、モルテラッチ駅で降りると、そばにはレストランがあり賑わっています。

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スイスの氷河を手軽に見学でき、氷河末端の後退という、地球温暖化の影響をまざまざと知らされます。現地ではいま流行のエコツアーのはしりを早くから実行しています。

氷河への道は車は乗入れ禁止です。駅から真っ直ぐ道が伸びており、川沿いに辿れば迷うことはありません。天気の良い午前中の景色が優れています。

95年パック旅行で来た時はディアヴォレッツアからここまで歩き、休憩のため川原で昼食を摂る為でした。
快晴で右手にP・ベルニナ、左手にベラヴィスタ、その真ん中を氷河が流れおいでおいでと誘っているようで有志が見に行こうと出かけました。だらだら上りで、向かい風、なかなか歩が進みません。中途で引き返す者も出ましたが頑張って後一息と言うところで添乗員が追いつき「危ないから引き返しなさい」
振り返りながら泣く泣く帰ったのを思い出します。

Photo

あれから5年今度はリベンジ。

駅から数十メートルのところに案内板があり、ドイツ語で表記しています。イタリア語圏なのになぜかドイツ語です。読んでも判りません。

1878

約500m進むと林に入り1878年の末端を示す岩がありました。

1900_m00
1900年末端位置を示す看板はも少し進んだ場所にあり、林を抜けると谷の展望が開けます。

すべて真白に見えるのは、ダラダラ登りの坂上に氷河中流を見てるからで、近づくと末端は鯨の背のように黒く見えてきます

ベルニナ連峰を見ながら歩く人も多く、要所要所に末端の位置をします看板が立っています。

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この写真の看板は30年前の1970年にここに末端があり、併せて1900年の末端位置から1318m後退したと記しています。現在は1900年の位置よりも2km以上後退していることを示し、地球温暖化の影響を知らされる生きた教材でもあります。

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Hiking

現在の末端に来ると奇妙なハイキング道標が立っています。ここからハイキングが出来ます。モルテラッチはこっち、ボルダ小屋はこっちなど。この道標があるところはハイキング可能です。ここから奥は氷河でアルピニストの世界、命知らずの人はどうぞ、という意味です。

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石がごろごろして歩きにくいです。

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触ると冷たいです。(岩でなく氷だもん)

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末端中央部、水がちょろちょろ。

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右岸寄り、クレバスが不気味。

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カーテン状に崩れたり、天井が崩れたり。

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氷の中の石は角が取れ丸く、表面の石は崖崩れのせいか角が立っています。

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融水はせせらぎとなり、小川に成長します。

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エコツアーの青少年たち、自然の力と環境変化を体験します。

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末端近くの岩場に咲き乱れる草花を見つけました。生命力に感動します。

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Graph

末端では氷の岩に触ったり、氷河の崩れ行く様子が詳しく判り親しめましたが、看板から知らされる氷河後退のデータを見ると、自然界から刃を突きつけられた気分になりました。

 

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2009年5月25日 (月)

70. サンモリッツ湖

Swiss_map サンモリッツはスイス南東部にあり、サンモリッツ湖の北西岸に位置しています。
昔から鉱泉が涌き保養地として知られ、近年はヨーロッパのセレブの別荘地として有名で、ヨーロッパを代表するリゾート地です。

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標高1856mで晴天率の高いのも特徴です。2度に亘り冬季オリンピックが開催されウインターsポーツのメッカとして有名になりました。
夏はハイキング、湖上スポーツ、マウンテンバイクと様々なイベントが目白押しです。

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サンモリッツ湖は山手のドルフの市街地から見下ろせ、背後の3000m級の山と樹林が映えています。

ここは市民の憩いの場として、のんびり散策が楽しめる遊歩道がついています。

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濃い青色の湖面南岸から市街地と裏手に広がる斜面を眺めると、チャンタレツラへ登るケ-ブルカーガが走っています。コルビリアでロープウエイに乗り換えるとピッツ・ネイル
(3056m)に辿り着きます

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視線を左に転じるとそのピッツ・ネイルとその左のピッツ・ギュギリア(3380m)の二つの白い三角の峰が並んで遠望できます。ギュギリアの向こうの山裾がユリア峠道の筈。

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湖の東端の傍はサンモリッツ駅で、ここからの景色はサンモリッツを紹介するポスターなどに
登場する馴染み深い場所です。

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半周2kmの南岸の散歩道、次の機会も歩きたい道です。

Photo_20

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2009年5月24日 (日)

69. アッペンツェル(下)牧草地

18301 ザンクトガレンからアッペンツエルへ行くとき丘陵地帯を通り、丘の上からなだらかな谷間へ下りて行く感じです。牧歌的な田園風景が一面に広がります。

Machi03

Photo

2000年7月中旬、滞在中は天気が悪く、視界は良くありませんでしたが車窓から眺めた景色は、静かで長閑な佇まいでした。

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町を観光した翌日は弁当を作って電車に乗りました。電車は丘陵の中腹を走るので良く見下ろせます。
まず、ヘリソウに赴き、帰りはサロンカーのある電車に乗り戻ってきました。

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途中のウルナッシュではアッペンツェルと同じような町並みがあります。

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小雨の中ですがウルナッシュから続く牧草地帯は、途中の町並みや牧草の中にある農家、チーズ作りの
小屋が点々と続きます。

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丘陵には牧草地を分ける森があり、木々の濃い緑と牧草の草色を分けるアクセントになっています。
森はチーズ作りの薪になる木々を育成するのでしょう。

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アッペンツェル地方の農家は「曲がり屋」になっており、切り妻作りです。住居部は壁面を谷に向けているのが特徴です。牧草地に花が咲く頃はさぞかし綺麗と思われます。

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Photo_12

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2009年5月23日 (土)

68. アッペンツェル(中)壁画と小窓

Photo アッペンツェルの町並みを引き立てるのは切り妻作りの屋根、壁に書いた紋様、小窓の飾りがあり見飽きません。

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観光団体専用レストラン

Conditorei

大柄の花模様

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小柄の花模様

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チーズ作り

Mado00
花びら

Kumamado
州の紋章、熊

Gasthouse
それに窓の飾り

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楽しいのは玩具屋さんの飾り、一つ一つの絵の中に必ず熊がいます。

English

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Mer02

Mer04

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丁寧に見ると時間の経つのを忘れます。

目抜き通りの土産物屋さん、個性豊かな展示で通る人を引き付けます。

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大きなカウベルは直径1mもあります

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彫金やさんの店先には大きな角を持つ牛が威張っています。

Photo_3 チーズ屋ではチーズ作りの様子を絵にしています。

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2009年5月22日 (金)

67. アッペンツェル(上)町並み

Swiss アッペンツェルへはチューリッヒから急行列車で1時間一寸のザンクトガレンで乗換え約45分で着きます。
ザンクトガレンの一つ手前の停車駅ヘリサウから乗り換えると約35分です。
車窓の左右に広がる草原地帯を満喫しながら行くには、ヘリサウ乗換えのほうが良さそうです。

4000m級の山や氷河は無く、牧歌的な田園生活を想像する場所です。田舎風であると同時に都会風であるいう土地柄で、超保守的なとこるもあるとか。

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駅から真っ直ぐ行くと小さな広場があり、州旗のシンボルである熊の噴水が立ち、そのまわりがとりわけ華やかな町並みで、切り妻つくりの屋根、カラフルな壁画、小窓の瀟洒な町並みが続きます。

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2_2 特に有名なのがレーヴェン薬局で派手な薬草の看板が掲げてあり「病に効く薬草は多いが、死に効く薬草は一つも無い」と書いてあるそうですが・・・

Photo

Machi01
通り過ぎるだけの観光客が大半で、それらしき休憩所があり、客は2時間程いるだけてバスで去ってしまうといいます。もったいないと思います。

Res 

町並みと派手な壁画模様を見て廻るだけでも楽しいです。

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2009年5月20日 (水)

66. レッチェンタール(7)ブラッテンの牧草小屋

夏、レッチェン谷の朝は早いです。

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チーズ小屋は暗い内からチーズ作りに勤しみます。薪が小屋の外に山積みされており、煙突から
煙が上がっているのですぐ判ります。

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村の荒物屋さんは7時から店を開けています。村人がパンなどの食料や日用品を買うためです。
都会では考えられません。仮面の看板を掲げた、間口3間程の店はひっきりなしに人が訪れています。

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谷の南斜面には広大な牧草地があり、朝早くから出かけるからでしょう。
家族総出で冬の牛の飼料にする草刈で忙しんです。ハイキングのとき刈り取りの跡を見かけました。

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運搬にはトラックやワゴン車を使っており近代的です。

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刈り取った草は高床式の小屋に貯蔵します。スイスの田舎によく見られる鼠返しの小屋ですが、柱の付け根に平たい石の鍔を付けて鼠の侵入を防ぐのでそう呼ばれています。普通は穀物を蓄えるのだがレッチェン谷では牧草が主のようです。

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最近は柱は木製からコンクリートに、土台は石垣からコンクリートに変わってきています。
また、草を小屋に運び込むのに送風機をつけ、動力で草を吸い込ませ、小屋内に圧送するのも現わ
れています。省力化、効率化がよし寄せています。

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ブラッテン村では谷川沿いに沢山の小屋が建っており、それぞれ個性豊かで見て廻るのが楽しいです。

Post084
家の郵便受けに小屋をかたどったものをみつけたときは、牧草を大切にしている暮らしの様子が偲ばれます。
ん?乾燥地のスイスで何故高床式かと?ここは雪国なのです。床の近くまで積るのです

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2009年5月19日 (火)

65. レッチェンタール(6)ハイキング

レッチェンタールのハイキングコースは谷の右岸に設けられています。
ラウヘンアルプ(標高2000m)←→ファフラーアルプ間が人気があり、ラウヘンアルプからはだらだら下りです。

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ヴィラーのバス停からロープウエイが30分毎にラウヘンアルプへ運んでくれます。

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ここはスキー客のコテージが多く建っており、冬の賑わいが予想されます。

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道は良く整備されており、沢を渡る橋も頑丈です。

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所々に放牧された牛の水のみ場があります。牧歌的です

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ロープウエイが着く度ハイカーのグループが続いています。

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ビーチホルン(3934m)はレッチェン谷の主役で、谷の右岸中央にデンと構え見下ろしています。
谷底(標高1370~l1540m)からは頭の先しか見上げらませんが、ロープウエイで登ると全容が現われます。人という文字を2つ重ねた形の特長ある容貌です。

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ローヌ谷のフィスプからサースフェーへ向かうポストバスに乗ると、後方にビーチホルンを一寸の間見られる場所があります。裏側の顔です。表を見ようとわざわざレッチェンタールまで来る旅行者もある
と聞きます。

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ビーチホルンは絶えず谷の向こうにいる感じで、この点はツェルマットでマッターホルンが付いて来るのとよく似ています。

Photo_19

谷の左岸の連峰はビーチホルンを中心に白銀に輝きテレビで見るヒマヤラを連想させます。

Photo_20

右岸の連山はアルプの上にチラリとしか見られません。そのアルプは牧草を育てており、刈取りした跡には、片付けの手伝いをしている子供が遊んでいます。

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Photo_23  後ろを振り返ると彼方はゴッペンシュタイン、その向こうにヴァリスの山々が遠望できます。
なんと言う山かホテルの支配人に帰国後写真付きメールで尋ねたら丁寧に教えてくれて感激しました。

ハイキングのときは後ろも振り返るべし、と教わりましたがここでも正しかったようです。

(1)ヴァイスホルン(2)チナールロートホルン(3)マッターホルン

(4)オーバーガーベルホルン(5)ダンブラシェ(6)アロン(7)グランコンバン

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ヴエリッツタフエルの教会まで行き引き返しました。(スケジールの都合で)

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ロープウエイは12時から13時まで休みます。その間ラウヘンアルプのレストランで
休憩。

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2009年5月18日 (月)

64. レェッチェンタール(5)チェゲタの祭り

チェゲタ、(チェケタ、チェゲッテと色々呼び名があります)またはロイチェゲッテはレッチェンタールに古くから伝わる祭りです。(Tschaggata,Roitschaggata aはウムラウト)

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2月半ば男が恐ろしい形相をした仮面をかぶり、山羊や羊の毛皮で身を包み、なめし皮のゲートルを履き帯を締め、カウベルを鳴らして村中を駆け巡り、冬の悪霊を追い払い村人の幸せを祈るといいます。

Kamen127 Kamen133

山間部の民族信仰として、クリスマス過ぎから新年明けにかけ、あらゆる悪霊が現われ荒れ狂うと信じられていました。
暗く長い冬はそのせいとされており、チェゲタの恐ろしい仮面は悪霊に勝つために一層恐ろしい格好にせねばならぬと考えたのでしょう。

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キッペル村にあるレッチェン・博物館には代々のチェゲタ仮面が大切に飾ってあります。

Kamen66
聞けば当番に当った村は1年をかけて仮面製作に打ち込むといいます。そのせいか展示されている仮面は豊かな郷土芸能というよりも芸術品の香りが感じられます。

チェゲッタの歴史的由来は下記を参考にして下さい。
http://www.fafleralp.ch/jap/geschichte.html

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2009年5月17日 (日)

63. レッチェンタール(4)ファフラーアルプ

翌日再度ファフラーアルプへ行くため、ブラッテンでバスを待ちました。
乗るときスイスパスを示しましたが、運転士は「フィーア」と言っています。「4人」かと思い「Yes」と答えても通じません。バスに乗るのは4名です。すると奥のほうの客が寄ってきてエキストラ料金が4フランだと教えてくれました。

ファフラーアルプは村はずれのため一人1フランの「アルプス料金」を取るのです。納得して支払いました。
以前紹介したように、ファフラーアルプは放牧地帯で牧歌的。ハイキング、ピクニックの家族ずれも多く賑わっています。

Cow
広い駐車場もあり(有料)色とりどりの車が留まっています。
一本道が真正面に伸びており、両脇が牧場です。

Photo_2 Cowp_2

左手の山はユングフラウからの連山で、ラウターbルンネン・ブライトホルン(3780m)が大きく
白く輝いており、駐車場の上にはレッチェンタール・ブライトホルン(3785m)の万年雪が見えます。
ブライトホルンの2つが同じ場所から眺められるのは珍しいです。

Fafler9_2
左右の白銀の連峰の奥はラング氷河で、アレッチ氷河との境目の稜線が青空の中にはっきりと
遠望できます。

家族連れは牛たちと写真を撮ったり、顔を触ったりして交流しています。

オランダから来たと言う少女は「日本人ですか。オランダは知ってる?」と尋ねてきます。
チューリップもユリアナ女王も知ってると答えると、ニコッとしていました。
陸続きのヨーロッパですから、ヴァカンスでスイスにやって来たのでしょう。

Cowp1_2

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2009年5月16日 (土)

62. レッチェンタール(3)ライゼゲペック

レッチェンタールを訪れる人へ、忘れてならぬ注意事項が一つあります。
スーツケースを送るときです。ライゼゲペック制度はご存知でしょう。
鉄道の駅で(私鉄、国鉄を問わず)切符を見せ、目的駅まで荷物を託送する制度で旅行者に喜ばれています。
最近は合理化の一環として大幅に変わっています。そこら辺の体験記は下記を参考にして下さい。

http://www002.upp.so-net.ne.jp/hirodas/schweiz32_gepak01.html

私のレッチェンタールでの体験は制度変更の前のことですが、今でも変わりないと思います。

この谷への交通機関はバスのみです。勿論ライゼゲペックは使えます。
しかし、郵便バス(Post Auto)なので「郵便局」のある停留所にしか届けられません。となると、ホテル選びも大変です。(手荷物の無い場合は別ですが。)ファフラーアルプには郵便局はありません。

ホテルについて控えを出して、もらって来てくれと受付にサービス頼んでも
郵便局が遠ければ大変です。
郵便局は24時間営業ではありません。この谷では正午から午後5時までです。
ホテルと郵便局は村の仲間同士ですから、営業時間外でも受け取りは話し合えるでしょう。

問題は発送時です。ホテルは郵便局で手荷物につける「タグ(荷札)」を買って来いといいます。
スイスパスを示して10フラン払えば呉れます。このとき正しい到着駅を言わないと変なところへ行ってします。チューリッヒ空港へ送るとき空港駅の名前を正しく書いてないといけません。
チューリッヒ空港は Zurich Flughafen (u はウムラウト)
郵便局の係りの人は念のため駅名の本を調べ、タグを作ってくれました。
出発の朝、ホテルはタグのついたスーツケースを郵便局の前に持って行きました。バスの運転士がそれを見てバスに積み込むわけです。
田舎のバスでですから目的駅で受け取る前日の朝発送するなど余裕ある手続きが原則です。

ゴッペンシュタインまでバスに乗せてもらい、駅で手続きは出来ますが接続列車に間に合うかが問題です。

この谷に来る旅行者は殆どが日帰りでしょう。
宿泊される方はくれぐれもご注意を。

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2009年5月15日 (金)

61. レッチェンタール(2)牛乳缶を背負ったお婆さん

ゴッペンシュタインを出たポストバスはレッチェン谷に入って行きました。
幾つかの集落を過ぎ、キッペルに着くと、前の席のお嬢さんが「良い旅を」と言って降りて行きました。数日間滞在しているようで、今日は谷から外へ出て帰ったようです。
この谷には日本人が着て泊まるのは判りますが滞在して谷から出て帰るとは驚きました。

バスが停まり運転士が「ブラッテン」と言ったような気がしましたが、復唱することなく発車してしまい、シマッタ!。ブラッテンのホテルに泊まる予定でしたから・・・

仕方なしに終点ファフラーアルプまで行き、運転士にスイスパスを示し、ブラッテンで降り損なったことを言うと、「OK。帰りの最終便まで30分ほど待ちなさい。ブラッテンのホテルを教えるから。」と親切に言ってくれました。

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陽が傾く頃、バスの外へ出て、小道の向こうの放牧された牛の群れを眺めていると、乳絞りの人たちが集まってきて、夫々の牛を小屋に誘導しています。

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そして、背中に3つの缶を背負い、両手にも缶を下げたおばあさんがやって来ました。ゆったりとした足取りで牛の群れに近づくと、おばあさんちの牛が寄ってきて、鼻を撫でてくれと顔を突き出してモーモーと鳴きます。甘えている様子です。
やがておばあさんの後に付いて、行列を作って小屋の方に歩いていきます。

路線バスの最終便の発車時間が迫るなか、観光客はバスに乗り、目を凝らしてほのぼのとした家族的で牧歌的な様子に見惚れていました。

ブラッテンに近づくと運転士が指差して「あそこだ。」と指呼してバスを止めてくれました。

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2009年5月14日 (木)

60. レッチェンタール(1)あらまし

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レッチェンタール(レッチェン谷)はユングフラウから西へ伸びるアルプス連峰とアレッチホルン(4193m)から西へ伸びる3000m級の間に挟まれる幅80mほどの谷です。谷の長さはおよそ17km、

標高は平均1500mです。
谷の東はラング氷河があり、アヌングラートを介しアレッチ氷河と繋がる氷の世界です。

カンデルシュテークからの峠道は氷雪の中のレッチェン峠(2690m)で山男くらいしか越えられず、レッチェベルグトンネル開通以前は陸の孤島としてひっそりとしていました。

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いまは、古い木造の家が並ぶ素朴な村が点在し、周りの山々とともに世界自然遺産に指定されてる「ユングフラウ・アレッチ・ビーチホルン地域」の一部になっています。

夏はハイキングキャンプ、冬はスキーと人気があり、また2月に行われれる「チェゲタの祭り」は日本の
ナマハゲに似た独特の伝統のある祭りです。

谷を流れるロンザ川に沿い、フェデルン、キッペル、ヴィラー、リード、ブラッテン、ファフラーアルプの村が点在し、谷の右岸の斜面は広大な牧草地帯、左岸は樹林地帯です。

ハイキングコースは谷の右岸にあり、谷の主峰ビーチホルン(3934m)などの連山を見ながら楽しめます。
スキーは谷の右岸の牧草地斜面を使い、ヴィラーからロープウエイで登ったアルプにコテージが沢山有り賑わいます。

村々の主産業はチーズ作りで、その小屋が村々に点在しています。

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2009年5月13日 (水)

59. レッチェベルグトンネル

カンデルシュテークはトゥーン湖の西、シュピーツから南へ延びるカンデル谷の最奥にある村です。
エッシネン湖やブリュムリスアルプよりも。レッチェネベルグトンネルで有名です。

Photo
レッチェベルグトンネルを知らなくても、カートレーンの始発駅といえば頷かれるでしょう。

このトンネルはスイスのアルプス山脈を貫き、ベルナーオーバーラントとローヌ谷を結ぶ重要ルートで、ゴッペンシュタインとカンデルシュテック間14.6kmの鉄道専用トンネルです。

1913年から列車が運行され複線トンネル1本の構成です。
自動車は2600mもあるアルプスを越えられません。開放構造の貨車に自動車を乗り込み、利用者は乗ったまま運びます。

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乗り入れの駅は、通常の鉄道駅の南2km程の所にあり、看板が出ています。

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列車が到着して自動車が降りて来るのを待ちます。

乗り入れると先着順に貨車の上を前方に移動します。乗用車はスムースに乗り込みますが、バスは難儀です。両脇のフェンスとの間は30cm位しかありません。運転士の腕の見せ所でそろりそろりと走って行きます。

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車間を取って停止しますが、車止めはありません。ブレーキをかけたまま。

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列車は発車すると徐々にスピードを上げます。トンネル通過は20分位ですが、その間はバスの車内照明はなし。真っ暗です。スイスですからBGMにヨーデルはかけてくれますが、乗客はシーンとしています。
時折すれ違う列車のヘッドライトが見えるくらい。

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出口が見えてくるとホットします。

レッチュベルクトンネルはカーブを描いており、またカンデルシュテ-クに入る前に、ループ線が2つあり列車の高速運行に向かないこと、車両限界が狭いため貨物輸送に不利なことから、スイス政府はこのトンネルの下400mのレッチュベルクベーストンネルを建設し、07年12月から使用しています。
入り口はカンデルシュテークの手前、フルティンゲン、出口はブリークの手前ラロンになっており、長さは34.6km。時速250kmで走り抜けるとか・・・

カートレインの様子をムービーにしました。下記をご覧下さい。

http://www52.tok2.com/home/bokkei3/garalley/car_train.htm

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2009年5月12日 (火)

58. エッシネン湖

ベルンから南へ走る鉄道は、トゥン湖の西、シュピーツで分かれます。
左へはトゥン湖畔を走りインターラーケンへ、真っ直ぐ行くとカンデルシュテークへ行きます。
ミューレンのシルトホーンの西、グリュムリスアルプ(3657m)を始めとする3500m級の山が連なりますが、その麓にカンデルシュテーク町があります。

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そこの山あいに隠れたようにエッシネン湖があります。「アルプスの宝石」とニックネームが付けられます。周囲を断崖に囲まれ神秘的です。
カンデルシュテークの郊外からリフトで登ります。
92年訪れたとき、出札口に「JCB OK」の表示がありビックリしました。スイスではクレジットカードは「VISA」が主流です。ミニマムに近いマイナーな「JCB」が何故?と謎です。

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リフトで登ると牧場が開け、牛が大勢(?)遊んでいます。湖畔のレストラン近くで車の窓から出入りして遊んでいた10歳くらいの少女が突然、「お食事は如何ですか、お泊りもできます。どうぞ・・・」と言って来て二度とビックリ。

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放牧された牛の群れの間をキバシカラスが飛び交い、湖畔で遊ぶ家族連れがあちこちに見られます。

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エメラルド色の湖面に崖の間から滝が流れ落ちて大きな音を立てています。

崖の上の雲が晴れ、ブリュムリスアルプの山頂が何時見えるか、待っていると知らぬ間に
時間が過ぎて行きます。

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2009年5月11日 (月)

57. マッター谷を上る

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スイス南西部、東西に広がる深い谷がローヌ谷です。フルカ峠のローヌ氷河から流れ落ちるローヌ川が削り取った谷で、谷の南側にはイタリヤ国境にかけてヨーロッパアルプス・南アルプスといわれるヴァリス山群が聳え立ちます。ローヌ谷から、この山脈に向かい幾つかの小さい谷が南方に切れ込んでいます。

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ブリークを出た電車はフィスプから南へフィフスペル谷を辿り、シュタルデン・サースで谷が二つに分かれます。左を行くとサースフェー行くサース谷、右に行くとツェルマットに行くマッター谷です。

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ツェルマットに行くには、車では谷に架かる橋を渡り右岸を進みますが、電車は真っ直ぐに左岸を進みます。

両者とも谷にへばりつくように走って行きますが、電車の方がスピードが遅いので景色を堪能できます。

Valley

橋を過ぎると左手の谷は深く、ヒヤリとします。

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サン・ニクラウス駅には疑宝珠の形をした時計塔があり、沿線で有名な村です。村にはロマネスク調の教会もあり、サンタクロースと関連にあるのかと思いますが、名前の由来は判りません。

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沿線にはネコの額くらいの土地に小屋を立て牧草地を耕しています。屋根には鉄平石を置く小屋が目立ちます。

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ランダ駅を出てすぐ、山崩れ跡が目前に現れます。ランダの大崩れで有名。
19900年、山頂にあるビス氷河からのモレーン(氷河が運んだ堆石群)が突然崩れ、線路を塞ぎ、
ツェルマットは孤島になりました。軍隊が出て仮設道路を3日で作り、物資の補給を確保したとか。
線路は新しく西側に付け替えています。牛小屋が3軒潰された以外は人蓄に被害はなかったようで・・。
モレーンの山に溜まった水捌けが悪く、以来、スイス政府は氷河のモレーン対策に頭が痛いときいています。

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山頂のビス氷河は、ヴァィスホルンとビスホルンから流れ出ていますが、列車からは10秒ほど、ちらりと見えるだけでしっかり注目していないと見過ごしてしまいます。ダムのコンクリートと誤解され易く、氷河急行の乗客には不満足らしいです。

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テッシュの駐車場は1000台も駐車でき、車乗り入れ禁止のツェルマットにはここで電車に乗り換える人が大勢います。このため、テッシュ折り返しのツェルマット行きが特別に発車します。

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谷の奥に真っ白な山が見えてきました。ブライトホルンです。期待が膨らみます。

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ツェルマットに着く前、電車は右にカーブするときマッターホルンがチラリと見え、Welcome と
出迎えてくれます。早く、早くカメラを・・と騒ぐ間もなく電車は駅に滑り込みます

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2009年5月 9日 (土)

56. ホーサース

Photo

サースフェー(標高1800m)は谷間のサースグルンド(1532m)から
2回Uターンして登った所にあります。
ホーサース(標高3098m)へはサースグルンドからロープウエイを2つ乗り継いで登ります。

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ロープウエイ駅の傍にレストランがあり大勢の観光客が訪れます。
レストランは山小屋を兼ねており、夏は登山客が泊まります。

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周囲は瓦礫だらけ、ホーサースの主峰ヴァイスミス(4027m)の麓ですから、テッペンは望めません。斜面の先に僅かにそれらしきものが見えるだけです。

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トリフト氷河の裾が真近に望め、行って見たい欲望に駆られますがガレ場が多く素人には危険です。

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ここはむしろサースフェーの方向を見て楽しむ展望台です。そして広大なフェー氷河の本流、末端、融水の流れを堪能できます。
ロープウエイを一つ下りたクロイツボーデン(標高2397m)から方が絵に名るかも知れません。

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ホーサース、クロイツボーデンはスキー場で有名で冬場用のリフトが散見します。
クロイツボーデンから歩いて下れば高山植物が多く咲き乱れる場所があり花の愛好家が大勢下っていきます。

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サースフェーの全容がここから望めるように、レングフルーからはホーサースの三山の尖ったピークが遠望でき、お互いに補完し合う珍しい場所です。

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2009年5月 8日 (金)

55. ミッテルアラリン

Photo ミッテルアラリン展望台(標高3500m)はレングフルー展望台に左奥手アラリンホルン(4027m)の麓にあり、サースフェーでは一番の高所です。

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サースフェー村からフェルスキン行きのロープウエイに乗り、乗り継いで行きます。

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乗り継ぎ駅からの窓からドーム峰の正面が見上げられます。レングフルーは真下で顎を突き出して
見上げなければなりません。また村からは斜めから見上げるので角度が良くありません。

フェルスキンからメトロアルピンという地下ケーブルカーで3分、展望台の雪原に着きます。

Photo_6

Photo_7

登山家はここからアラリンホルンの裾を巻くように登り、岩場を迂回してレングフルーへのルートを行くようです。足跡の付いたトレイルを辿る姿がポツポツと見られます。

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ここは夏スキーの盛んなところで、合宿グループがフェー氷河を建設機械で均した場所を滑走しています。
人口ゲレンデの近くにはポッカリ口を開けたクレバスがあり、岩場の近くではセラックの群れが荒れており神経を使う場所のようです。

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雪原を転ばないよう恐る恐る歩いていると、直ぐ傍をスキーヤーが滑走して通り過ぎて
行きます。うろうろするのは危険です。ぼつぼつ引き上げましょう。

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2009年5月 7日 (木)

54. シュピールボーデンのマーモット

シュピールボーデンはレングフルーへ上るロープウエイの乗り継ぎ点です。

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レングフルーで氷河観光をしたあと、麓の村をめがけて下るハイキングコースの起点になっています。
歩けない人はロプウエイで下りますが、昼12時から13時まではストップします。

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この下りコースは、草花の多いのとマーモットがいるコースで有名です。
道はかなりの急坂でジグザグコースになっており、現地人は1.5時間、日本人健脚家で2時間、大抵の人は3時間で下れます。
下り道にかかってほどなく、野性マーモットの巣穴があり、人気を呼んでいます。
コース出発点のレストランには、マーモットの餌を売っており、またハイカーからビスケット、パンなどの栄養価たっぷりの餌をもらうので、ペット並で栄養過多、メタボで糖尿病になりはしないかと気懸りです。

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巣穴から外を伺い、アルペンローゼの茂みの次の穴へ脱兎のごとく走り回る仕草が面白く楽しめます。

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急な坂で、下から吹き上げる風が速く、帽子を飛ばされると忽ち50mは追いかけて登らないと
いけません。私も飛ばされアレアレという間に上の方へ飛んで行きました。

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ずっと下の方、ハイキングコースから少し外れた所にも巣穴があり、看板が立ってあります。見過ごすことはありません。上のほうのと比べると小ぶりで本当の野生の感じです。

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コースの途中で振り返るとドーム峰が美しく白く輝いています。

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村が近くなると、麓は広大な草原で時節により花で埋め尽くされるとか。

くねくね道をそれて草原の花の中を下るのもいい気分です。

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冬はここら辺は家族連れの初心者ゲレンデになります。

シュピ-ルボーデンの詳しい内容は「デジタル・アルバム・まがじん」

http://www52.tok2.com/home/bokkei3/magazine/mag17/top17.htm

を参照ください

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2009年5月 6日 (水)

53. フェー氷河

Map16_2 ブリークを出たポストバスはフィスプから谷へ入ります。シュタルデン・サース村で谷は二つに分かれ、右はマッタータール、左はサースタール。ご存知のツェルマットはマッタータールの最奥です。

Saas_map

Saas_taxi

サースフェーはマッタータールの最奥で、ツエルマットと同じく、自動車乗り入れ禁止です。村には電気自動車が走っています。
バス停留所一帯が駐車場で外来の車で一杯です。

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バスを降りるとネズミ返しの穀物小屋が出迎えてくれます。背後には4000mを越すミシャベル山群の主峰ドーム(4545m)が控えています。村を取り囲むように連峰が聳え、そこからの流れるフェー氷河が村の直ぐ傍まで迫っている「氷河の村」です。

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メインストリートを抜け教会の先に氷河展望台行きのロープウエイ乗り場があります。

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Photo
途中シュピルボーデンで乗り換え、標高2870mのレングフルー展望台に着きます。
三方が氷河に囲まれた岩場で、河中の小島のようです。

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ここの氷河は尋常ではありあせん。氷河の流れる傾斜が急なため、階段状にずれ落ちる所がしばしばあり、そこのクレバスが融け上からの圧力で柱状に盛り上がる、所謂「セラック」があちこちに見られます。文字通り「荒れ狂った氷河」です。

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しかもそれらが展望台の直ぐ傍で見られ、身震いするほど圧倒されます。
ツェルマットのゴルナー展望台では、氷河の群れが、絵のように眺められ「美しい」と感じますが、
フェー氷河は「恐ろしい」と感じます。

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眼を東に転じると直ぐ下は村の家が並び、「氷河の村」を実感しました。

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最初訪れた96年7月、レングフルーには雪が積もっており、残雪で雪だるまを作った兄妹に出会いました。夏の残雪は湿っていて雪だるまを作り易く、器用に人形の形に組み上げていました。
周りから小石と扁平石を拾ってきて差し込み、眼や腕をつくり、帽子を飾った素朴な雪だるまです。
細長い石を拾って、パイプと見立て、咥えさせて、出来上がり・・・

日本式と違う姿に感嘆していると孫を連れてきた爺さんが、たどたどしい英語で「この子達があんたに聞いてくれとせがんでるでナ。あんた達日本人もこのような雪人形を作ったことがあるんか?」と。

『おお、作ったどぉ。沢山作ったどぉ』とこちらも怪しげな英語で答えると、爺さんも孫も笑顔で頷き、この芸術品を誉めると大喜びしていました。

私の故郷は温暖な瀬戸内沿岸ですが、春先には大雪が降り、雪だるまに興じた子供の頃を、遥かかなたの国で懐かしむとは意外なできごとでした。

 

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2009年5月 5日 (火)

52. アレッチ氷河

ベットマーアルプはアレッチ氷河を見ながらハイキングする基地の一つになっています。氷河左岸の崖につけた小道を辿って下ります。

Photo

ガイド図もはっきりしなく、スイス通のネット仲間が、親切に届けてくださった絵図を頼りにしていました。ベットマーアルプから登るロープウエイ乗り場でたまたま詳しいハイキング地図を見つけ買いました。
7月16日朝、朝食のとき居合わせた日本人の客がその地図を見て、歩き方を教えてくれました。
斜面を下り、下りきって湖に出て、ぐるりと廻りローヌ谷右岸に出てキューボデンに出るルートでした。
私たちは池まで下り引き返す予定でしたが、急遽変更、アドバイス通りに大回りコースを選びました。

Guide

ロープウエイといっても2人乗のテレキャビンは10分程でベットマーホルン展望台へ着きます。
ここから落差800mの下り道です。目的地はメルイェレン湖。昨日登ったエッギスホルンの真下。
約2時間の道のりです。

Hike01

道幅はおよそ1m、小石の落石があちこちに転がっています。そろり、そろりと下ります。

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眼の下の氷河のクレバス(割れ目)がハッキリしてきました。撮影するときは足元を固めてからにします。

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アレッチホルンが見えてきました。ここら辺で氷河面まで200mくらい。クレバスも大きき見えるようになりました。割れ目には融水が流れています。

Hike21

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突然放牧の山羊の群れが現れました。食べ物をねだって寄ってきます。「紙を隠せ!」と誰かが叫びました。暴れたら大変、逃げ場がない、思わず恐怖心が走りました。

Hike24_2

ぼつぼつ記念撮影、足元を確保して立ち止まりますが、崖沿いに身を寄せています。身を守る本能でしょ
う。氷河面まで20m位です。

Hike26

メルイェレン湖に着きました。氷河面と眼線の高さが同じです。
にここで氷河の側面が50mほど切れています。側圧が開放され横ずれして崩れています。
荒れ狂った様は地獄の1丁目の感じです。

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Hike29

Hike37

昔は湖一体が氷で覆われていたのかも知れません。氷河が流れるときに一緒にながれた石が岩をこすった跡が見られます。

Hike38

メルイェレン湖は綿すげの名所だと本に書いてありました。一面の花に見とれ和みます。
近くの山小屋で昼食。ローヌ川右岸への道を探します。

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途中、フィッシャー氷河が谷の向こうに現れました。予期せぬ光景にビックリ。

それからキューボデンまで1時間半、ベットマーアルプまでは昨日と同じ道です。

【注】山小屋からトンネルを抜ける近道があるのを知ったのは帰国してからでした。そこを
通るとフィッシャー氷河は見えません。

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2009年5月 4日 (月)

51. エッギスホルン展望台

000031 98年7月15日昼前、グループ10名の一行はフィーシャーのロープウエイ乗り場に着きました。
乗り場は大混雑です。現地のボーイスカウトの団体が待っています。団体の中に並んでいると付き添いの
先生が丁寧な英語で団体を纏めるので後ろに並んでくれませんかと要請された。
切符係りはスイスパスを集め出札口へ行って来ましたが、エッギスホルンへ登り、帰りはキューボデンで下車するというのが通じず片道だけを買ってきました。後で清算しよう。

Photo
キューボデン(2212m)着いて先に上った日本人団体とすれ違ったとき「氷河よく見えますよ。」
嬉しくて皆笑顔がこぼれます。

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エッギスホルン展望台は2869m。ユングフラウヨッホから流れ出すアレッチ氷河は眼の下に横たわります。ヨーロパで最大の氷河は長さ24.7km、平均幅3.8km。奥から手前に来て、左にカーブして、その彼方へ流れていきます。

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展望台で腹拵えし、岩場の表示板の前に立つと、画面中央やや左の尖った三角の山はアレッチホルン(4195m)で氷河と並んでこの展望台の主(ぬし)ですが、ガイドブックでは写真がカットされてマイナー扱いにされています。ここへ来て始めてアレッチホルンに気付く人が殆どです。

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そして、日本人はユングフラウはどこだ、アイガーは何処だと騒ぎ立てています。

Aletch01 遥か彼方のマメ粒ほどの3山を見つけて大喜びしています。如何にブランド志向かと思うと、おかしくなってきます。
大氷河と言われるだけあって雄大である。目を凝して見ると表面がささくれ立っているのが判ります。

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凹凸が甚だしく、クレバスだらけで双眼鏡を持って来ればと悔やむ人が多いです

一行の人から、この氷河の2つの太い筋は何物かと尋ねられました。つぎのように答えたら本気で手帳にメモを始めたので慌てて止めさせました。
「日本がバブルに踊っていた頃、ゼネコンがここへ鉄道を牽いて観光列車を走らせようとした。線路を敷く手前でバブルが弾けた。筋はその残骸だ。左が上り、右が下り線に使う予定だった。」

本当はこうです。アレッチ氷河は3つの氷河が合流して出来ており、筋を辿っていくと判ります。
例えば右の筋(赤い矢印)は右側の氷河が右岸の山の斜面を削って岩石を巻き込んで流れ、中央の氷河と合流しています。
青い矢印は左岸の斜面を削ったものです。
ほかで筋のある氷河に気がついたら、支流が合流していると考えていいです。

さて下りのロープウエイ、ノーチケットと言って乗り込み、下車して駅長室へ全員連れ込まれた。
切符係りが旨く説明してOK。

Photo_4
1時間30分かけてベットマーアルプまで標高約2000mの高原を散歩しました。
いよいよ明日は氷河近くを歩きます。

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2009年5月 3日 (日)

50. グレッチ自然道

フルカ峠の西にあるローヌ氷河の下からグリムゼル峠入り口にかけての
窪地がグレッチ湿地帯で、グレッチ自然道に指定されています。

Photo
GoogleEarth でその地形を見るとローヌ氷河の真下であるのが判ります。

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その昔、17世紀はじめ、氷河は自然道入り口まで末端が延びていたといわれています。

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氷河末端の絵画や写真の記録が残されていて、大勢の人が馬車に乗って泊りがけで見物に来たと伝えられます。

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入り口には看板が立ち、入場無料、係りの人はいません。また中の花の標識や説明もありません。

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2km先にはローヌ氷河、フルカ峠の下り道が仰ぎ見られます。
よちよち歩きの幅1m程のローヌ川のせせらぎが聞こえる程度で静かな1本道が奥まで続いています。

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2009年5月 2日 (土)

49. グリムゼル峠ーローヌとアーレの分水嶺

Grimselpath11 グリムゼル峠(標高2165m)はフルカ峠と隣合わせにあります。フルカ峠から直ぐ下のグレッチの窪地の向こうに、壁にへばりつくように設けたヘアピンカーブが望めます。

Aare

この峠はローヌ谷とベルナーオーバーラントを結ぶ重要なルートで重要な峠です、またこの峠はローヌ川とアーレ川の分水嶺で、アーレ川はブリエンツコ湖、インターラーケン、トゥン湖、ベルンを通りスイス北部でライン川に注いでいます。

Totesee
峠のテッペンにある「トート湖」は死の意味で、18世紀末フランスとオーストリア軍が戦った古戦場でといわれます。

Grimselhospitz 

北側直ぐ下にグリムゼル湖があり、石造りのホテルホスピッツで昼食をとる人が多く見られます。

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Old_hospiz_2

以前はこのホテル、下のほうにありましたが、グリムゼル湖をダムにするとき今の所に新しく立て替えました。(1920年)

Grimsel_see_2

ダム湖は乳白色に濁り、近くにチンゲンシュトック(2915m)、遠くにベルナーオーバーランド最高峰フィンスタールホルン(4274m)が望まれます。

峠の北側は20km先のマイリンゲン(標高595m)へ緩やかに下って行きます。

アルプスの峠、車で走破したKitamuraさんのサイトは
http://www.eu-alps.com/i-site/cols/data/027.htm

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2009年5月 1日 (金)

48. フルカ峠ーラインとローヌの分水嶺

Furukapath_map フルカ峠(標高2431m)はアンデルマットの西、ウルゼレン渓谷の西端にあってロイス川とローヌ川の分水嶺です。ロイス川はルツェルンを通り北上してバーデンでライン川と合流します。後にラインー川はドイツを経て北海へ注ぎます。ローヌ川はローヌ氷河に端を発し麓のグレッチ湿地帯を抜けローヌ谷を流れ、スイス最大の湖、レマン湖へ入りそこからフランス中部を南下して地中海に注ぎます。

この2つの大きな川の源流がフルカ峠を挟み僅か3kmしか離れて存在することは案外知られていません。

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さて、フルカ峠の東のヘヤピンカーブを一気に登りなだらかな道に差し掛かりますと夏は放牧された牛が遊んでいます。

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右手は山岳、グロース・フルカホルン(3169m)とクライネ・フルカホーン(3026m)が聳えます。

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左手の谷を見ると廃線になった旧フルカ鉄道の線路が見えます。
世界的に有名な「氷河急行」は以前はオーバーワルト、レアルプ間のフルカ峠を2時間もかけて越えていました。

フルカ峠の西端ではローヌ氷河が車窓から見られるので「氷河急行」の名が付いたのです。
冬から春にかけ降雪、雪崩でしばしば運休になるので、スイス政府はトンネルを掘り、峠を走る線を廃止させました。「氷河急行」はいまはトンネルを通り「氷河」は見えません。

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ところが、鉄道好きはボランティアを作りヴェトナムに売った蒸気機関車を取り寄せ廃止した線を走らせて
自主管理し夏の間、土日に運転し、人気を博しています。

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峠の西端のベルヴェデーレには氷河に横穴を開け、木の桟橋を付け、有料で観光客が入れるようにしています。

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最近はパック旅行も入ってきて青く輝く氷の洞窟を見る人が増えてきました。
内部には縫いぐるみの熊がおり、記念写真を撮って送ってくるサービスをしています。(有料)

冬の間峠は積雪のため交通止めになります。春になると、峠の開通に間に合うよう関係者はヘリコプターでやって来て、雪かき、洞窟掘り、桟橋架橋などで大変らしいと聞きました。

Photo 峠の東側の下りは東側の道より更にくねっています。
自転車ロードレースの一つ、ツール・ド・スイスでは山岳ステージにヌフェネン、ゴッタルド、フルカの3峠を越えるコースが時折設定されますが、フルカ峠の下りで転倒する選手をよく見かけます。それほど難しい下り道です。

Furka_down

途中、グリムゼル峠への分岐点を通過しますが、グリムゼル峠の紹介はこの次に・・・・

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