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2009年4月29日 (水)

46. サン・ゴッタルド峠

アルプスを南北に縦断する峠の多くはローマ時代から設けられ南北の交易ルートになっていました。
しかし峠は国境に接し領地が変わるたびに通行税が課せられていました。
またて雪解けのとき雪崩で道路が荒れ保全が大変でした。峠に通じる街道はわざと荒れ放題にして遠回りをさせ時間がかかるようにしたのもあります。

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ハクスブルグ家との戦いに勝ち独立を果たしたスイスは、13世紀半ばゴッタルド峠が開通させ、
シェレネン渓谷のロイス川に橋(悪魔の橋)が架かり街道が全線開通させました。
イタリアとルツェルン、チューリッヒを経由してドイツへ至る経済の大流通ルートになりました。

Google そこで、イタリア、フランス、ドイツの列強はここに目をつけ干渉し覇権を争ってきました。
スイスはどの国とも争わず、街道の整備管理、峠の宿、交代する馬の管理など相手の言い分を聞き、主張することは主張し、我慢強く話し合いで解決する方法を貫きました。これが中立国家の基本の始まりの一つとされています。

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峠は標高2106m、峠の名はドイツの有名な司教サン・ゴットハルトを記念する礼拝堂が1300年頃建てられた由来しています。
現在道路は3本あり、石畳の旧道、大型車が通れる新道、峠に掘ったトンネル道で、スイスを南北に貫く重要な街道でスイスの生命線となっています。

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なお、トンネル地下道とは別にスイス国鉄の鉄道トンネルも平行して走っています。
峠道が通る谷は「トレモラ谷」(震えるという意味)といわれ石畳の多い旧道の激しいつづら折はそれを物語ります。

第2次大戦でイタリアに進入を企てたヒットラーはこの峠を突破しようとしましたが、
スイス軍は街道、都市を守らずに全軍を峠の山中に集中させ、鉄道トンネルも破壊すると宣言し、ヒットラーを諦めさせた話は戦後の語り草になっています。

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いま平和時、峠を下る4頭立て観光馬車は小型車だけが通れる旧道をのんびりと走っています。

グリムゼル峠の傍、ローヌ氷河を取り巻くダマシュトック山から南に伸びる山脈はここを通り、ライン川
とティチーノ川の分水嶺になっています。

アルプスの峠の殆どを走破され体験記をアップされ、解説に詳しいKitamura さんのサイトは

http://www.eu-alps.com/i-site/cols/data/032.htm

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