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2009年3月

2009年3月31日 (火)

28. P・ベルニナ(下)

コルバッチ展望台へのロープウエイ乗り場へはサンモリッツ駅からバスで行きます。
サンモリッツ湖に続くチャンプフェイル湖、シルヴァプラーナを通りロープウエイの駅に着きます。

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そのとき、団体を乗せた貸切バスが着きました。後で聞くとチューリッヒからの熟年団体でトレッキングのようです。
捉まると、何処からきた、何日滞在するか、と煩いので小走りに切符売り場へ急ぎ先に登りました。

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ロープウエイを乗り継ぎ終点に着くと目の前に一大パノラまが広がりました。
標高3303mの展望台、快晴です。青空の下、正面にベルニナ連峰が見えます。P・ベルニナ(4049m)、P・シェルシェン(3971m)、P・ロゼック(3937m)の3山です。

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3山の右手にP・ムルテル(3433m)、左にP・モルテラッチ(3751m)P・チエルヴァ(3546m)という大パノラマです。

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これらの山から流れ出すチェルヴァ氷河、ロゼック氷河はロゼック谷へ流れ出す豪快な氷河です。
陽が高くなるにつれP・ベルニナの北壁の影が短くなって行くのが手に取るように判ります。
レストランでワインを啜りながら至福のひと時を味わいます。

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貸切バスで到着した団体の一行がP・ムルテルを目指して早足で登り始めました。雪庇のある稜線の
内側を幅を持たせて登って行きます。ここから見えませんがP・ムルテルの向こうにP・コルバッチ(3451m)があり、そこを目指すようです。蟻の行列のように点々と長い列が続いています。

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P・ベルニナの雪の北稜線、ビアンコグラートが白く輝き始めました。天国へのはしごとして登山家に
親しまれるものでガイドブックにも特別の紹介があります。

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2009年3月30日 (月)

27. P・ベルニナ(上)

マッターホルン、ユングフラウ、モンブランの名峰に P・ベルニナ(4049m)を加えてアルプス4大名峰と呼びます。

マッターホルンを中心とするヴァリス山群、ユングフラウを中心とするベルナーオーバーランド山群、モンブランを中心とするモンブラン山群はリゾート地のほかに登山基地の性格を持ち合わせています。急峻な岩山は素人を近づけ難い様相を持っています。

アイガー、マッターホルン、グランドジョラスといった登山家の命を奪う北壁の急崖は有名です。

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しかし、ベルニナ山群は穏やかな山容で驚かされます。スイス東南部サンモリッツを中心とするエンガディン谷の南側に広がり、4000mを越えるのは主峰 P・ベルニナ だけですが数多くの氷河を擁し麓には湖が点在しており人々が多く暮らしています。

P・ベルニナは2ヵ所から違った形で眺められます。一つはディアヴォレツァ展望台、も一つはコルバッチ展望台からです。前者は東北の方角から、後者は西北の方角からでどちらが良いかは見る人の主観によります。レコードのA面かB面かと例える人もいますが・・・

Station_3 サンモリッツからベルニナの谷を走る鉄道に乗り40分、ベルニナ・ディアヴォレツァで降りて
ロープウエイに乗ります。駅の周りにはロープウエイの駅だけで人家はありません。
展望台はあるのかなと心配ですが、スノーボードを持った現地スキーヤーが同乗しているので間違いなさそうです。

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2973mの終点に着いた途端ビックリします。目の前に3連山、奥にも3連山、その右手にP・ベルニナが聳えます。
手前の3連山は P・パリュ(3905m)置くの連山は P・ベラヴィスタ(3922m)そして主峰と白い峰が続きます。
P・ベルニナの穏やかな白い稜線は登山家に天国への階段ともビアンコ・グラート(白い鞍部)とも呼ばれ親しまれています。

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P・パリュから下るペルス氷河はP・ベルニナからのモルテラッチ氷河と合流し右手後方の谷へ下っています。

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展望台には外壁がガラス貼りのレストランがあり、外壁が鏡の役をしておりこれに映る山を楽しむのも趣があります。

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また、テラスに出て飲み物を摂りながらひと時を過す人々が後を絶ちません。

【注】
現在はデジタルカメラが中心ですが95年当時はフィルムカメラで撮影に苦労しました。
快晴時、標高3000m近くでは紫外線が強く茶色に感光する場合があり、フイルムをスキャナーしたあとソフトでレタッチしなければなりませんでした。

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2009年3月28日 (土)

26. モンブラン(下)

モンブランはアルプスの女王と言われますが、悪魔の山とも言われます。
1950年、11月3日午前10時43分、ボンベイ発ロンドン行きのインド航空の旅客機(48人乗り4発プロペラ機)がモンブランの頂上付近から「高度4700mを飛行中」とジュネーブの管制塔と交信のあと消息を絶ち墜落しました。
当時山頂付近は濃霧で視界悪く、あと30m西に寄っていたら激突を免れていたと言われます。パイロットのミスと判断されました。
悲劇は更に続きます。16年後の1966年1月24日午前8時、同じインド航空のB707機(乗員46、乗客117名)ボンベイ発ジュネーブ、ロンドン経由ニューヨーク行きが「現在6200m、高度を下げる」と交信した後ほぼ同じ場所に墜落しました。
ミステリーめいた同じ事故、何かの祟りかと大騒ぎになりました。

それから20後、最初の墜落から36年後ボソン氷河の末端近くで墜落した航空機の尾翼車輪が出てきた。それと共に金属破片、ワイヤー等が出始めました。
墜落した飛行機には金持ちが乗っていたから貴金属宝石も出るに違いないと大騒ぎになりました。

Boson_india 氷河の末端はクレバスも多く、高さは6階建てのビルくらいですが人々が大勢押し寄せ、そこへ登って氷を掘り宝探しをしたといいます。
氷河末端の傍にある「ボソン氷河・シャレー」は地元の人の憩いの場所ですが、墜落機の尾翼車輪が展示され哀れを誘っています。

1950年、1966年と続けて同じ航空会社の飛行機が略同じ場所で墜落するというミステリーめいた話は地元では有名ですが日本ではあまり知られていません。

余談ですが2008年に50年に墜落したプロペラ機のエンジンがボソン氷河で見つかったそうです。

【注】
ボソン氷河シャレーのサイト

http://www.montblanc.to/uk/chalet/index2.html

墜落の詳しい内容
http://www.montblanc.to/uk/glacier/index4.html

2008年の発見
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/accidents/2523078/3386567

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2009年3月25日 (水)

25. モンブラン(上)

マッターホルン、ユングフラウと並んでヨーロッパアルプス三大名峰と謳われるモンブランは標高4807mで単独峰でなく周りに多くの山を抱えます。
マッターホルンを中心とする「ヴァリス山群」の西に連なる4000m級の山はグランコンバン(4314m)、ヴェルト針峰(4122m)、グランドジョラス(4208m)位で4807mのモンブランは際立って高い山でアルプスの女王といわれています。
モンブランのテッペンはイスラム経のモスクの天蓋に似たドーム形で、見上げるとドームの形そのものがちょこんと出ているだけです。
菓子のケーキの名はこの形を似せているようです。
モンブランを見たさに96年にシャモニーを訪れましたが曇天続きでガスに覆われなかなか見えません。
3日目の朝ホテルの隣の部屋から起こされ朝焼けを見ることが出来ました。その日はガイドを伴い見に行く日で幸運の日になりました。

2年後縁あって再々訪でき更に充実した旅行になりました。

この山はお世辞にも美しい山とは言えません。雪の塊でよく注意しないとテッペンを見誤ります。
展望台からでも、遠くからでも「あそこ」だと指呼されないとわかりません。
しかし、一度知るとこれだと判るようになるのは山塊が大きく際立って高い山だからでしょう。
遠くからみても「シャモニーのシンボル」というのが良く判ります。

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最もバランスの取れた姿はシャモニーの谷の向かい側から遠望するときです。
モンブランの前に二つの氷河が流れ眺望を彩ります。主役の山は奥に鎮座しています。

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見るにはミディ展望台からです。無人の風景よりも人が大勢いるほうが賑やかです。

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正面から見ると一番奥に見えるのですが、東側から見ると趣ががらりと変わります。
氷河を含めたものは斜めから見たものですが、横(東側)から眺めるとテッペンの位置関係が良く判ります。

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グランモンテ展望台か見ると明瞭です。

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さらに東のバルム峠からはシャモニーの主役であることが読み取れます。

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テッペンの形を覚えると思わぬところから顔を出すので愉快です。ジェアン氷河を渡るロープウエイの大クレバスの真上から見えたときはオヤッと思わせます。方向感覚を研ぎ澄ませていないと見誤ることがあります。


【注】
シャモニーはフランス領ですがガイドブックではスイスの付録として案内されています。
このブログでもシャモニーはスイス旅行の一部として取り上げる予定です。

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2009年3月20日 (金)

24. アルペンローゼ

エーデルワイス、エンチアンと並んでアルプスの三名花と謳われるアルペンローゼは草花ではありません。ツツジ科の木です。

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最初は草花と思っていましたから、探しても見つからず困っているとアルプスの花に詳しい.人が「木」だよと注意してくれました。

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背の低い潅木みたいで赤い花ですからすぐ判りました。10本位が群生しています。
牧草地でなく荒地に咲いています。

Alpenrose
まとめて植樹しているのをシャモニーのモンタンベールの展望台から駅に下りる斜面の九十九折の道で見ました。花の盛りを過ぎた頃ですから僅かしか残ってなく、満開を想像すると豪華と思いました。奥にグランドジョラスの北壁、手前にかけてメール・ド・グラス氷河の半円状の波紋とアルペンローゼの花畑は一幅の絵のように思われます。機会があれば是非また訪れたい場所です。

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2009年3月18日 (水)

23. エンチアンの咲く小道

クライネシャイデックからヴェンゲンに向かって一駅のヴェンゲナーアルプ
までの2.2kmのハイキング小道は線路に平行して通っています。
クライネシャイデックからは線路を跨いで行かないと道路に出られません。

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右手に線路、左手は牧草の傾斜地でその向こうにユングフrアウの裾の岩崖が続きます。ユングフラウへの登山電車が時々走ってゆきます。

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メンリッヘンからクライネシャイデックへのハイキング銀座に比べると閑散としており、歩く人を探すのが難しいくらいです。夏は放牧の牛の群れがカウベルを鳴らす牧歌的なところです。

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2004年は春に大雪が降り夏が来るのが遅れていました。山影には残雪があり、牧草地は白い花だけです。斜面には雪解けの湧き水がちょろちょろ流れています。

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エンチアンの花は湿気を好むのか道端に沢山咲いています。
別名をリンドウとも呼ぶこの花は「青色」に幾種類もあり、青から青紫まであるようです。
花の高さは5cmくらいで普通は滅多に見つかりません。

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6年前、ライン河の源流の一つと言われるTuma湖(トゥーマ湖)へ遊びに行ったとき、アルプスの
花に詳しい人が湖畔で見つけ興奮していました。花は小さいけどエンティアンでした。

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そのときに比べると一寸少し大振りですが立派なラッパ状の青い花で間違いありません。
なぜここに群生しているのか不思議でした。

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2009年3月15日 (日)

22. エーデルワイス

エーデルワイスはエンティアン、アルペンローゼと並んでアルプス三名花の一つで、スイス旅行するとき是非見たいものの一つです。

野生の花を見てきた人は場所を明かしません。雑草の中にひっそりと咲いているので、ドット人が押し寄せ踏み荒らす心配があるからです。

日本ではウスユキソウと呼ばれ名前のとおり、薄く雪をかぶったような白い花を咲かせます。文字通り
「高貴な白」です。

Edelweiss ツェルマットに行ったとき、ハイキングガイドが見に連れて行ってくれました。岩場の崖のある場所です。
近くまで来ると立ち止まりました。探せと言う合図です。雑草の中に隠れるように咲いているのを見つけました。振り返るとガイドはニコニコ笑っています。眼を凝らして廻りを見るとあちこち群生しています。20本位はあるでしょうか。

Wild_weis2_l1 周りの花を踏まないように注意しながら写真に撮りました。
斜面の上の下り道に20名ほどの団体が下りてくるのを見て素早く現場を離れました。

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6年後同じ場所を訪れると群生して数が増えていました。

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養殖のエーデルワイスをあちこちに見かけます。
土産物店の店先を飾るのを良く見かけます。他の花と一緒に混ぜています。

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ツェルマットで川沿いに歩いていたときグループの誰かが「あっエーデルワイス!!」と叫びました。民家の庭先に一株植わっています
垣根越しにシャッター音が一斉にしました。

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も一度撮りたくて、翌朝早く暗いうちにそこへ出かけ花の傍まで接近してフラッシュを焚いて撮り、見つからない様一目散に逃げ帰ったのを思い出します。

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泊まったホテルの玄関先の花壇に一杯植えてあるにはおったまげました。

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野生に比べて栄養が行き届き大きな花ですが、ひょろ長く背が高いです。

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清楚な感じが全くしません。あまりにも数が多いので泊り客は気付いてないのか、関心がないようです。写真を撮っているのは私だけのようでした。

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2009年3月13日 (金)

21. ユングフラウ(3)

ユングフラウは何処だ? グリンデルワルトのフィルスト展望台で騒いでいます。92年始めてのスイスにパックで行ったときです。
スイスを経験している一人がアイガーの方を指して、「あの陰から覗いている。」
一同が眼を凝らして眺めたのを思い出します。

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憧れの山だけに目前に現れると思わず叫びたくなります。
登山電車がヴェンゲンを過ぎ林の中を暫く進み、左に大きく曲がると大きな岩崖のユングフラウが
窓一杯に広がります。「大きな山」を実感します。

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ユングフラウヨッホのスフィンクス展望台から見ると、二つの三角の峰が見えます。
左側が主峰(4158m)で右はヴェンゲン・ユングフラウ(4090m)です。
裏から見ているわけで、正面は近くから見上げるとユングフラウはヴェンゲン・ユングフラウの陰に隠れてしまいます。
クライネシャイデックから見えるのはヴェンゲン・ユングフラウで、本当のユングフラウではありません。

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インターラーケンの有名なホテルの庭園から谷間に見える姿は、均整が取れ非常に美しいと言われます。
谷間に見え小さな姿ですが、本物のテッペンが見えます。ヴェンゲン・ユングフラウの右に微かに見えるのが本当のユングフラウなのです。
92年、ミューレンのシルトホーンで、朝、三山を見た後カンデルシュテックに移動するとき
バスがインターラケンを通過するとき、臨時ガイドがホテルの庭にわざわざバスを連れて行き
(運転士にはチップをはずみ)記念写真を撮ってくれました。
帰国後見て成る程と見とれました。

Img_1123 メンリッヘンから見るときも、本物のテッペンが望めます。
6名のグループで04年ヴェンゲンに行ったとき、メンリッヘンからクライネシャイデックへ歩くハイキングの水平道で三山に近づいているとき、「おぉ! 新幹線がユングフラウのテッペンを走ったいる」、と一人が叫びました。

テッペンを見つけたときです。白銀の峰は新幹線の先頭車の形そっくりで愉快でした。

ユングフラウを際立って美しく見せるのがシルバーホルンです。右肩に真っ白に光るピラッミッドの形をした付属峰で、これをユングフラウと間違える人がいます。
上手に撮らないとユングフラウの姿が台無しです。テッペンが曇っていてもここだけは見える不思議な山です。
本当にピラミッドの形かと思いますが、よく調べると主峰の稜線から枝分かれした三角状の鞍部が
万年雪に覆われ見る角度によりピラミッドに見える訳です。

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シルバーホルンが良く見えるのとそうでないのを比べて下さい。
「これは綺麗だ」

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「いまいち」

マッターホルンの朝焼けは超有名です。ユングフラウの朝焼け、夕焼けはどんな様子でしょう。
クライネシデックから見る夕焼けは格別と言います。全山赤く染めるとか。これを期待してここのホテルに泊まるパックに参加したのですが雨で残念・・・

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ヴェンゲンに泊まった04年、駅前直ぐの山の良く見える部屋を早くから確保し、連泊しましたので
朝夕の様子をじっくりと鑑賞出来ました。
朝焼けよりも夕焼けが綺麗です。
夕食を摂った後、ビールのほろ酔い気分を頭を振って取っ払い、部屋のベランダでカメラを構え
撮った後暮れ行く空を何時までも眺めていたものです。

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(朝焼け)

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2009年3月12日 (木)

20. ユングフラウ(2)

ユングフラウ観光へのリベンジは2年後の95年に果たし、00年にはクライネシャイデックへ泊まる機会を得ながら雨で断念、04年6人のグループで再挑戦、好天に恵まれバッチシ全てを捉えることが出来ました。

ユングフラウは単独で眺めるよりも、「三山」セットで見るほうが味があります。
ユングフラウヨッホへの登山口、クライネシャデックで見ると近すぎて困るという贅沢を言いたくなります。アイガーを見るには首を左に廻し、メンヒは正面、ユングフラウは右へ廻さないといけません。当然カメラのファインダーに入りきりません。

「三山」を見る地点は幾つかあります。それも見る角度で印象がガラリと変わるのが判ります。

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メンリッヘンから眺めるのは形がバランスよく気分が落ち着きます。

グリンデルワルトのグルンドからテレキャビンで上ってきたとき、或いはヴェンベンからロープウエイで上ってきたとき終点からの景色はクライネシャイデックからのものを、望遠で引いたような感じです。
ヨッホのスフィンクス展望台が見えるようにするにはもう少しメンリッヘンの方へ上ったのがいいです。

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ハイキング道をクライネシャイデックへ歩いて近づきますから、だんだんと大きく見えてきて期待が膨らむのがいいです。

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ラウターブルンネンからケーブルカーで上った終点グリュッチュアルプから眺めるのは、少し西よりから見るのでユングフラウが大きく、アイガーが少し小さくなり三角形が縦長になります。

電車に直ぐ乗り換えるので左側への席取りが難しいのですが、1列車遅らすことを考え、ホームの
真ん中ほどに撮影ポイントを設けてあるのを使うと面白いです。

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シルトホーンへ上ると「三山」の形は一変して魅力的になります。アイガー北壁の勾配の凄さを
実感できます。

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92年ミューレンに泊まったとき、前日のヨッホの無残さを帳消しするため、現地臨時ガイドが翌朝
シルトホーンに再挑戦してくれました。午前の陽に輝く「三山」は忘れません。

この他、高山植物園せ有名な「シーニゲプラッテ」(インターラーケンの隣ヴィルダースヴィルから可愛い電車で上る)、健脚家向きに薦める「ロープホルン・ヒュッテ」も「三山」が美しいと喧伝されています。
特に後者は地元の人しか行かない場所で、風の音しか聞こえない俗世間離れしています。ネット仲間の年賀状の写真、誇らしげに撮っているには垂涎ものでした。

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2009年3月11日 (水)

19. ユングフラウ(1)

スイス、ベルン州の南部山岳地帯を「ベルナオーバーラント地方」と言います。
ユングフラウはアイガー、メンヒと並びベルナーオーバーラント三山は名峰と謳われ、その優しい姿は終日見飽きません。
ユングフラウ(Jungfrau 4158m)は中心峰で呼び名の意味は「若き乙女」です。遠くからもどっしりとした山容は眺められ、古くから親しまれています。

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ところが、この山の全部を仰ぎ見るのは難しく、朝見えたのに午後は雲に覆われることが多いです。
その理由には面白い話があります。
傍に聳えるメンヒ(4099m)は「僧侶」意味で、この「坊主」がジロジロ見るので「若き乙女」は恥ずかしがり、雲の衣で覆い隠してしまう、とのこと。


科学的にいえば、南にある広大な氷河に南からの風が当たると雲を呼び起こし山が隠れるというわけです。朝綺麗に見えたのに午後は雨に煙るというのは珍しくありません。ユングフラウが見えた人はラッキーそのものです。

岩盤を貫いてトンネルを掘り、電車を走らせ3454mの場所に客を運ばせた場所は「ユングフラウヨッホ」。スイス観光で一番の注目される所です。アルプスの奥座敷だけあって展望台から見る光景は絶景です。
氷河をくり抜いて作った部屋に氷像を彫り観光客を楽しませるアイスパレス、ヨーロッパで一番高い場所の郵便局、鉄道駅、水洗トイレの水は凍っていません。話題に事欠かない観光スポットです。
雨や曇りの時は展望は効きません。それでも満員の電車が次々とやって来ます。アイスパレスでお茶を濁します。
ヨッホへ行ってきたという達成感で悪口を言う人は稀です。

Photo_5 ユングfラウが完全に見える確立は年間を通して5%と地元の人は言います。
見られなかった95%の一人、92年始めてスイスをパックで旅した時です。山へ登る登山電車の始発駅から雨が降っていました。山はガスに煙りスフィンクス展望台はホワイトアウト。
氷の宮殿をみるだけで下山しました。

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2009年3月 8日 (日)

18. 氷河急行(下)

今まで線路に沿って流れていたアルブラ川はトゥーディスでヒンター・ライン川と合流して広々とした平原に出て北上します。
そしてライヒエナウで西から流れてきたフォルダーライン川と合流してライン河になり東へ流れます。

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北上した列車はカーブして東に向かいライヒエナウに着きスイッチバックします。
ここで座席のサイドが左右入れ替わるわけです。
ツェルマット方面から来た列車も同じでスイッチバックしますから、左側の人は右側になりますね。ランドバッサー橋は右側ですからご注意くださいよ。

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さて、列車はフォルダー・ライン川に沿い西に向かいます。
地滑りのあった白い肌の崖の下を通り、トウルンを通過します。この村は世界的に有名な絵本画家カルジェの故郷と後で知りました。
間もなくディーセンティスに到着です。ここからMGB(マッタホルン・ゴッタルド鉄道)区間で機関車の付け替え、食堂車や車両の切り離しのため暫く停車します。乗客たちはホームに下り一息つく人もいます。

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発車すると車内放送が独・仏・英の言葉で流れ、沿線の説明に入ります。
フォルダーライン川は次第に細くなり谷間に遠ざかり。列車は坂を登り始めます。左手遠方の山の
中にフォルダーライン川の源流があると放送されます。
氷河急行全線で最も高い2033mのオーバーアルプ峠を目指しラックレールを使って唸りながら急勾配を上って行きます。

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峠の標識はトンネルで見えませんが、潜り抜けると湖が広がります。オーバーアルプ湖です。

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湖を過ぎると下りになりヘヤピンカーブを速度を落としてゆっくり下って行きます。
眼下には広い渓谷が広がり手前にアンデルマットの町が大きくなってきます

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カーブを曲がる度、町が右に左に変わるのでカメラを持った乗客がおろおろします。列車の速度が緩いのでバッチリ撮れますから皆さん満足げです。
ヘアピンカーブは4回繰り返しますが、平行して走る道路は7回繰り返すほど急勾配の下りです。

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(くだりの急勾配、道路のヒャピンカーブがくっきりと。)

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(道路もヘヤピンカーブで、鉄道のカーブがその間を縫うように走ります。)

アンデルマットは古くからアルプス越えのルートの宿場町として栄えた交通の要衝です。
今も鉄道と道路は東西南北、地面と地下で立体交差しています。

パック旅行ではここで降り、バスで峠を越えローヌ氷河を見てグリンデルワルトへ行くコースを設定するのが増えています。

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アンデルマットを出た列車はフルカトンネルを抜けて明るい谷を走り村々を通過し、フィーシュに
止まります。ここからロープウエイを二つ乗り継ぐと、アレッチ氷河の見える所へ着きます。高級なパック旅行ではセットしているところもあります。

やがて列車はブリークに着きます。MGBは国鉄と線路幅が違うので駅は別々で、MGBは駅前にあり、ホームと屋根だけの駅です。私鉄が粗末に扱われている気がします。

ブリークを出るとフィスプを経てマッター谷を上ります。そこら辺は下記を参照ください。

http://www52.tok2.com/home/bokkei3/magazine/mag15/memo_15_1.htm

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2009年3月 5日 (木)

17. 氷河急行(中)

氷河急行の謳い文句は『91の橋を渡り、91のトンネルうぃ抜け、標高2033mの峠を越える。人跡未踏の大自然境、緑風爽やかな原生林、閑静なアルプスの高原、急流が岩を噛む谷間、数世紀にわたる伝統と文化に息づく山村を縫って走る。サンモリッツーツェルマット間約270kmを7時間~8時間かけて走る。』とあります。
期待を膨らませてくれますが、乗るとなると迷います。
上りと下りどっちが良いか、つまりサンモリッツ発に乗るのが良いかツェルマット発に乗るのが良いかです。

Plate_2

お奨めはサンモリッツ発です。パック旅行ではサンモリッツ発の一等車に乗るのがあります。これが一番
いいです。個人、グループのときは日本を出発前に予約をしておくのが賢明です。

さて進行方向、右、左どっちに座るかが問題です。団体のときは座席の指定は先ず無いでしょう。ここからここまでと添乗員が指定するはずです。厚かましく席を取って下さい。
左側が良いです。一生に一度の機会です。

サンモリッツを出て程なくはエンガディンの谷間を進みますが、谷とは思えない広々としています。
左右山の中腹まで緑の牧草地が広がり集落の中に教会の塔が見えます。スイスの何処でも見かける景色です。
サメダンを過ぎ列車は樹林の中に入り高度を上げます。程なくトンネルに入ります。アルブラ峠です。
この峠は分水嶺で北に流れる水はライン河に注ぎ北海へ、南に流れるとイン川を経てドナウ河に注ぎ黒海へ。

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高度2300mのアルブラトンネルを出ると渓谷に沿ってループトンネルを幾つも抜けながら急勾配を一気に駆け下りベルギュンに近づきます。ここでも線路はループ線を描き、駅前の教会が右に左に見え隠れしてきます。

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6月は教会の前の野原は黄色の花の絨毯で、沿線で最も美しい景色の一つです。

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やがて列車は速度を落としフィルズールに停車します。
現在の1等車には日本語を話すイヤホンが付いているそうですから心配ありませんが、以前はここで
一寸したハプニングが必ずありました。有名なランドバッサー橋がすぐですから。

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ローマの水道橋を偲ばせるアーチ橋で高さ65m、美しい曲線で渓谷にかかる超有名な橋です。
「ランドバッサー橋は駅を出てトンネルを潜ると直ぐ左側に見えます」。
この声を聞くと右側の席の人がカメラを持ってドット左側に押し寄せて、ひどいときは席の間にも割り込んでパニックになります。

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窓が開かない車両の場合ガラス越しでは写真は旨く撮れません。アアアアという間に渡ってしまいます。
カメラ通の人は、デッキの小窓から撮ります。フィルズールに着く前から準備しています。

ところが小窓は小さく二人は無理です。位置の取り合いで一つは変になります。

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やがて左側に古い教会の塔がある町が見えます。ティーフェンカステルで、交通の要衝です。

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十字路になっており南へ行くとユリア峠を越えサンモリッツへ行けます。ハイジの里マイエンフェルト
からクールを経てサンモリッツへ行くバスはここを通ります。

それから渓谷を過ぎて、平原に出て近づくのはライヒエナウです。

続きはあとで・・・。

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2009年3月 4日 (水)

16. 氷河急行(上)

氷河急行はアルペンリゾート地、ツェルマットとサンモリッツ間を結ぶ観光列車です。
緑一杯の牧草地帯、橋を渡り、谷を下り峠を越え、トンネルを潜り全長270km疾走します。

列車は全座席指定で、何故かスイス観光局は鉄道の目玉商品、「氷河特急」と紹介しています。従って旅行会社では「特急」で宣伝しています。 Glacier Express と言いますから「氷河急行」というのが普通でしょう。

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2009年現在、一日にツェルマット、サンモリッツ間3本、ツェルマット、ダヴォス間1本の運転で、私鉄のマッターホルン・ゴッタルド鉄道(MGB)とレイティシュ鉄道(RhB)が運行しています。線路は1つ会社は2つの直通列車です。
以前はブリーク・フィスプ・ツェルマット鉄道(BVZ鉄道)とフルカオーバーパル鉄道(FO)と、レイテッシュ鉄道(RhB)の3社の運行でしたが2003年にBVZとFOが合併してMGBになりました。
そして2006年ツェルマット、サンモリッツ間は新型車量に置き換えられ1,2等全部パノラマカーになりました。その中で1編成だけ全部1等車両です。(写真、以前の1等パノラマカー、いまは2等に格下げのようだ)

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真っ赤な機関車には「GlacierExpress」と白で描かれ赤白ツートンカラーの列車が疾走します。といっても時速は30km、世界一遅い特急と観光局は言っています。ゆっくり走るので沿線の景色が良く見えると評判です。
パノラマカーになったので窓は開けられません。それから荷物を棚の上に上げられません。ちょっと不便なところもあります。
食堂車は廃止され座席に配る方式に改められました。食堂車に近い車両では時間待ちの客が通路に立ち
塞がり反対側の景色が見難いからです。

2009年現在の詳しい情報は下記を。
氷河急行の案内

http://www.glacierexpress.ch/prospekte/andere/gex_image_j.pdf

時刻表、座席など
http://home.att.ne.jp/sky/railplan/JunShirakawa/004-ZZZ-GEXP.htm

さて、この列車は上り、下りどちらが見ごたえあるか意見が分かれます。
そして、進行方向、右に座るのが良いか左が良いか、
また全線乗るのが良いか、部分が良いか、スケジュールによっても違います。
次回に独断と偏見に溢れるお話しをましょう。

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